テレアポの心得
営業に配属されたばかりの新人は多くの不安を抱えています。
そのうちの一つとして挙げられるのが「お客様は本当に出来るのだろうか」という不安です。
「どれだけテレアポをやっても、どれだけ飛び込みをやっても、お客様が一人も出来なかったら・・・」
商品やサービスを売ったことがない新人であれば必ずと言ってよいほど、こんな不安に駆られるものです。おそらく、初めて独立してお店を開いたり、会社を創ったりした人も同様の不安に駆られた経験を持っているのではないでしょうか。お客様がお店に入ってくるのかどうか、自分の会社が提供するサービスを受け入れてお金を払ってくれるのか・・・そういった心配をしたのではないかと思います。
テレアポの初日に300件の電話を掛けた私には「明日、電話をかけたとしてもお客様が出来るかどうかわからない」という不安がありました。300件の電話を掛けたにもかかわらずアポが取れた件数はゼロ件でした。ゼロにいくらかけてもゼロです。アポが取れなければその先のお取引もありません。
たとえ300件の電話を何日かけたとしても、アポがゼロの日が続けば取引もゼロなわけです。だから私はまずアポを取るという部分で「ゼロからイチを創る」ということに集中することにしました。まず「一件のアポとり」をすることに全精力を傾けると誓いました。
「ガチャ切りされたり、罵声を浴びせられたりすることには慣れたぞ」
実際にテレアポを始めるまでは「お客様から断られたらどうしよう」「お客様から怒られたらどうしよう」という不安がありました。私はそれまでの人生で断られたり、怒られたりすることが極端に少なかったからです。いわゆる「免疫」がありませんでした。
ところが、テレアポの初日から数え切れないほどのガチャ切りを経験し、予想以上のひどい罵声を浴びせられると、これらについてはその日のうちに慣れてしまいました。また、おかげさまで、これらの経験からその後も役立つ精神的なタフさが身につくことにもつながりました。
「今日はもっと効率的にやりたい」
私は300件のテレアポをやったその日の夜に改善案を考えました。そして、思いついたアイデアを携えて出社しました。
「佐野さん※、ちょっとご相談があるのですが」
※(私の教育を担当するチューターで、当時のスーパー営業マン。現在、某支店の支店長を経て、大和証券本部の企画セクションに勤務)
「なんでしょうか?」
「昨日、テレアポを300件こなして気づいたことがあります。一日中電話を掛けてもアポが一件も取れませんでした。もっと効率を上げるべきだと思います。といってもテレアポの方法ではなくて、テレアポをしている間にDM(ダイレクトメール)も打ちたいと思います。そうすれば、テレアポだけでやるよりも、結果としてお客様作りに近づくと思うのです。ですから、支店にプリンターを持ってきて、テレアポをしながらDMの宛名を印刷したいので、こういったことを検討していただけませんか?」
1999年当時の大和証券渋谷支店の営業フロアにはPCにつないで使えるプリンターがありませんでした。
「どうやってやるのか説明してもらえますか?」
私のアイデアはこうでした。
「まず、顧客管理ソフト、高額納税者リストCDロム、PC用プリンターを買ってきます。そして、私が持ってきたこのノートPCにプリンターを接続します。顧客管理ソフトには宛名印刷のためのアプリケーションがついていますが、データがなければ印刷できませんので、データを入れる必要があります。会社からも高額納税者リストを頂くことができますが、紙に印刷されていますのでいちいちPCに手で入力するのは手間になります。その点、市販されている高額納税者リストのCDロムを使えば一気にデータをインポートすることが出来ます。あとは、電話を掛けている間中、ひたすら印刷をかけるだけです。やることといえば紙の補充くらいでしょうか」
今では販売されているかどうかわかりませんが、当時は高額納税者リストのCDロム版が有名家電量販店で売られていました。つまり、誰でもそういったリストを手に入れることが出来たのです。私は偶然にも、その存在を知っていました。まさか、自分が営業をする際に利用することになるとは思っても見ませんでした。
「ほう、そんなことができるのですか」
佐野さんは面白がっていました。
「だったら、DMの文面だけは確認させてください。法律に触れるかもしれないからね」
証券業界では、勝手にDMの文面を作り、お客様を勧誘するために郵送してはならないという決まりがあります。証券外務員試験の勉強をしていたときに、さんざん覚えさせられた知識が脳裏に蘇りました。
「そうでしたね、かしこまりました。文面はこちらです。ご検討ください」
私は佐野さんにDMの文面として使おうと思っていたものを手渡しました。
「ところで佐野さん、もう一つご相談があるのですが」
「なんでしょうか?」
「顧客管理ソフト、高額納税者リストのCDロム、そしてPC用のプリンターの3点を大和証券の経費で買っていただけないでしょうか?(笑)」
「君って奴は全く・・・」
苦笑い気味の佐野さんは、「経費になるかどうかわからないけどとりあえずこれで買ってきなさい」といって、ご自身の財布から一万円札を何枚か取り出して渡してくれました。
「では早速行ってきまーす!」
私は渋谷支店の近所にある家電量販店に向かいました。
★ ★ ★ ★ ★
ギーーーーィ、ガチャン、シューッシューッシューッシューッ・・・。
営業電話を掛けている私の後ろの席から、宛名ラベルを印刷するプリンターの動作音が聞こえてきます。
「増永、何やってるの?」
そばを通る先輩達から興味深げに声をかけられます。
「流石、大学院卒は違うなぁ」
おそらく、自ら顧客管理ソフトを用意して、そこに高額納税者リストのCDロムからデータをインポートし、自動的にプリンターで宛名印刷をやっていた営業マンはそれまでいなかったのでしょう。その点を評価して「発想が違う」と褒めてくれました。
私はひたすら電話を掛けながらも、気づいたことをワードで作った『テレアポの心得(テレアポマニュアル)』に書き加えていきました。また、お客様との会話の内容は、エクセルで作った顧客名簿に書き残しました。
テレアポをする時間は10時から11時30分、13時から17時までの時間に絞ることにしました。家庭に電話を掛ける場合は、昼食の仕度と『いいとも』を見ながら食事をするのを邪魔しないよう心掛けました。
世の中には「夜打ち朝駆け」を好む営業マンもいますが、私はそれを好きにはなれませんでした。なぜならお客様に迷惑がかかるからです。
働いていない奥様であれば昼食の時間に家にいる確率が高く、勤めている旦那様であれば、早朝や深夜に家にいる確率が高い・・・とても簡単な話だと思います。もっといえば、大晦日やお正月にも家にいる確率が高いといえるでしょう。
営業の仕事はお客様に会えてナンボの世界です。そういった時間帯や時期に、家に連絡したり押しかけたりすれば、お客様と接触できる確率は確実に高まります。ですから、売り込むことを第一とすれば、その戦略は有効でしょう。
ただ、私は相手に迷惑をかけるよういな行為を好きになることが出来ませんでした。おそらく、私がやらなくても大和証券の誰かはやっていたと思います。もしかしたら、それをやった人間は成績が上がっていたかもしれません。しかし、大和証券で誰か一人でも夜打ち朝駆けをやっていたとしたら、「なんだこの会社は!」ということで嫌気が差したお客様もいたと思うのです。これは、大和証券のほかの仲間に迷惑をかけることになります。会社全体のブランドイメージにはマイナスとなるでしょう。
「どうせ他の仲間もやっているなら・・・」
私にはそういった発想が出来ませんでした。従いまして、私は律儀にもお客様の迷惑になるような時間帯を避けながら営業をするようになりました。
「会話の記録はきっちりつけておこう。再び電話を掛け直す際に有利になるから」
たとえ面倒でも会話の内容を記録してあると「以前お電話した増永ですが、あの件はこうで・・・」といった感じで、より会話がしやすくなります。リストを一巡し、また同じお客様に電話を掛ける際も「8月○日にお電話させていただいた増永です」と切り出したほうが印象もよくなります。常に丁寧な会話を心掛けていれば、相手に好印象を残すことができるかもしれません。
毎回毎回、電話を切る前に「コンチクショー!」と言ったり文句を言ったりしていると、2度目の電話が掛けづらくなります。また、大和証券の他の仲間や後輩たちが電話を掛けた際、「前にかけて来た小僧が生意気だったぞ」といった感じで怒られてしまいます。
性質の悪い営業会社の場合、こちらが「ただいま、席をはずしております」といっただけで、向こうからかけてきた電話にもかかわらずガチャ切りしたりします。社名を名乗っておいてそういった行為に走るわけですから、会社のブランドイメージを地に落とすようなものです。常識では考えづらいこうった行為を平気でやっている会社も世の中にはたくさんあります。入社する人間の性質が悪いのと会社の性質が悪いのが負の連鎖のようになっています。こういった会社や人間が増えることは、社会的に見てもとても危険なことだと感じています。
実は私の場合、営業電話を掛ける際のマナーやルールを大和証券から教わったことは一度もありません。私のテレアポのやり方は、ほとんどが自己流であり、当たり前のことしかやっていません。
私の代以外ではやっていたのかもしれませんが、本来であれば、大和証券が研修の一環として営業マンになる予定の新人全員に共通のテレアポ研修をやるべきだったと思います。とはいえ、大和証券に入社した人は基本的にまじめでいい人ですし、大きな会社の看板を背負っていることを自覚しています。ですから、自由にやらせておいても一定の節度は保たれていたと思います。採用する人材の質のレベルを維持することは非常に大事なことです。
私の場合、その日暮らしのような短絡的な発想をするのではなく、常に長期的で、自分や仲間や後輩たちの分まで配慮した営業を心がけました。
「最初の一声で『大和証券の』といったら電話を切られる確率が高い。だから、会話をすることを目的にするならば『増永といいますが』と切り出したほうが有効だ。しかし、社名を名乗ると切られる確率が高くなるとしても、社名を名乗ってさえ会話を続けてくれる人のほうが見込みが高いお客様だといえるわけで、やはり社名は最初に名乗ったほうがいい。最終的にはそのほうがいい結果に結びつく」
テレアポをしているとどうしても「最終的な目的」を見失いがちです。「どうやってお客様を作るか」ではなくて「どうやってアポを取るか」「どうやって会話をするか」という目先のことに目が向きがちになるのです。
せっかくアポをとっても、せっかく会話を長く続けても、相手が最終的に買う意志がなくては何の意味もありません。もっといえば時間の無駄になってしまいます。アポとりや会話を続けることだけを目的にするようなテクニックにはあまり時間を割くことはありませんでした。
これをうけて、私が導き出した結論は「大和証券の」といった瞬間に「待ってました!」と言ってくれるお客様に時間を使うべきだということです。世の中には「口説いてもお客様にならない人」と「口説かないとお客様にならない人」と「口説かなくてもお客様になる人」がいるのです。ずばり、「口説かなくてもお客様になる人」に電話を掛ければ労せずしてお客様になってくれます。こういったことに気づくには一週間ほどかかりました。
「会社に電話を掛けた場合は、担当者や代表者の名前を聞き出してから切ったほうがいいのか・・・そうすれば次に電話を掛けたときにキーマンにつながりやすくなる。それから、『昔は株をやっていたけど』であるとか『今は野村證券でやっているから』といって断る人も有力な見込み客なんだ・・・株をやった事のある人や他社で株をやっている人は、まったく株をやったことがない人よりもお客様になる可能性が高い。あと、電話で会話が出来た際に『○○株のことを調べておきます』といったように宿題をもらっておくことも大事なんだ・・・宿題をもらっておけば、その回答をもって次の電話が出来る。相手にも恩を売ることが出来る。なるほどなるほど」
『テレアポの心得』を更新しながら、どんどんノウハウを溜めて行きました。上記に挙げたもの以外にも、営業上で有効な手段として「日経新聞などで新商品やいい話題を提供している会社(人)に電話を掛ける」というものもありました。先方は新聞の反響を心待ちにしています。つまり電話がかかってくること自体を待ち望んでいます。会話が弾むだけではなく、中には会って話をしてくれる人もいます。新聞で紹介されるほど調子のよい会社(もしくはそこの社長)であればお金もあるため取引につながりやすい・・・。相手のことをインターネットや書籍等で調べていくと更に好感度があがる・・・。その後の営業活動でどんどんコツを掴んでいくことになりました。
「新人は古い株の勉強をするよりも、新しい株の勉強をしたほうがいいですよ」
これは、大和証券で『日本株の神様』と呼ばれていた田中さん(仮名:大和証券の商品企画部にいた方)が話してくれたことです。
「今から君たちがベテラン営業マンに株の銘柄に関する知識で勝つためにはどうすればいいと思いますか?既に3000銘柄以上もある日本株で、それらの古い株の銘柄を覚えますか?私ならそんなことはしません。ベテラン営業マンと勝負するためには新しい株の銘柄を覚えたほうがいいですよ。それならベテランもまだ知らないわけですし、昔から株をやっているというお客様だって知らないわけですから。みんなが既に知っている株の銘柄ではなく、新しくてまだ知られていない株の銘柄を先に覚える―そのほうが、お客様にとっても存在価値があるというものです」
どうせ株の銘柄の知識を頭に入れるなら、古い株よりも新しい株の銘柄から覚えていったほうが効率がよいことを教わっていました。
★ ★ ★ ★ ★
営業電話を開始してから3日目のことです。
私が掛けた営業電話に出たその女性は、それまでの人たちとは明らかに反応が違っていました。
「もしもし、大和証券の増永と申しますが」
「あら、いいところに電話をかけてきましたわね。実はお伺いしたいことがありましたの」
上品な感じの声でした。
「今度上場する新しい株についてお伺いしたかったの」
当時は新規公開株を購入すると簡単に何倍にもなる時期でした。ところが、配属されたばかりの新人営業マンだった私は、そのことを全く知りませんでした。
「そうですか、ではご自宅にお伺いして説明させていただきたいと思います。ご都合はいかがでしょうか?」
電話だけで終わらせるのではなく、自宅まで訪問することで関係を深めておきたいと考えていました。せっかくのチャンスです。なんとか訪問のアポを取り付けようと必死でした。
「でしたら、明日の午後はいかがかしら」
今日であろうと” 昨日 ”であろうと行ってやるぞという意気込みでしたので、二つ返事でアポの約束を入れました。
「佐野さん、初アポをGETしました!」
早速、佐野さんのもとへ報告に行きました。すると佐野さんは一緒に訪問してくれるとのことでした。
ようやくとったアポです。何百件も電話してやっとの一件目です。絶対に逃すわけにはいきません。とはいえ、これで口座開設までたどり着けるとは限りません。
「何百件も電話してようやく一件。でも、電話を掛け続ければ必ずアポは取れるものだ」
自分の席に戻った私は、そう『テレアポの心得』に書き込みました。
「よし。次だ!」
高鳴る鼓動を落ち着ける間もなく、再び私は電話の受話器を手にとって、テレアポに励みました。
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