経済的なゆとりがなかったから
渋谷支店に配属が決まり、大和証券の新人研修も残すところ1ヶ月を切りました。この頃になると研修にもなれていましたし、気の合う同期も増えていました。配属日である8月1日には、みんなと離れ離れになってしまうこともあり、私は仲良くなった大学院卒である川口さん(仮名)と”できる女性”のオーラをかもし出していた同期の谷川さん(仮名)と3人で深夜のドライブに行くことにしました。
私は大学院に通っていた2年間、大学時代に購入した愛車の「シルビーちゃん(S13型シルビア:紺色)」を泣く泣く親戚の家に預けていました。その理由は、大学院に通いやすいよう東京の中心ともいえる新宿の近くにある「落合」に住んでいたため、駐車場代などがあまりにも高く、クルマの維持費を負担することが出来なかったからです。
ところが、社会人となり学生時代よりも多少なりとも収入が増えたこと、それから大和証券から割り当てられた清瀬寮のそばの駐車場の料金が思いのほか安かったことで、ようやく自分の手元にシルビーちゃんを呼び戻すことが出来たのでした。
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「谷川さん、どこか行ってみたいところはありますか?」
実は彼女も自分でクルマを運転するらしく、ドライブ自体が特別楽しみといった感じではありませんでした。
「私は、どこでもいいですけど川口さんはどうですか?」
私のシルビーちゃんの助手席に座っていた彼女は後ろを振り向いて、後部座席に座っている川口さんに話を振りました。
「そうですねぇ、横浜なんていいですねぇ」
川口さんの見た目は、髪の毛を黒く染めた「パタリロ殿下」。クルマどころか自転車ですら運転できないのではないかという雰囲気があります。
「じゃ、決まりですね。私は横浜に住んでいたのでオススメのデートスポットを紹介しますよ」
私はそういって、夜の首都高を湾岸線方面にクルマを飛ばしました。ちなみに「飛ばした」といっても法定速度は守っていました。かつて、スピードを出し過ぎていたために千葉の山奥で追突事故を起こしたことがあったからです。当時は、先方が悪いということで修理代を100%相手に負担していただきましたが、これを教訓として無茶はやめることにしていました。
「わー、とってもキレイ!」
レインボーブリッジから羽田空港の横を通ってベイブリッジに向かう湾岸線ルートは、私のお気に入りのドライブコースです。そして、そのルートの行き着く先は、私が彼らにオススメしたいと考えていたデートスポットである「大黒パーキングエリア(以下、大黒PA)」でした。
「大黒PAはベイブリッジの真横にあって、横浜みなとみらいの観覧車も見えるからいい感じなんですよ」
当然、私の(当時の)彼女である涼子さん(仮名)ともよく遊びに行っていました。ドライブコースの中でも特に自信のあるところでしたので、2年ぶりに訪れて、その変貌振りを見たときには驚きを隠せませんでした。
「げっ、何なんだ!」
私は、クルマを駐車場に止めるのを躊躇しました。
大黒PAの駐車場に入っていくと、あたり一面が煙で覆われていました。
「バチバチバチ・・・」
ところどころで爆竹が弾けています。
「凄い暴走族の数ですね・・・」
川口さんは肩をすぼめて、ぼそりと口にしました。
「川口さん、谷川さん、ごめんなさい。まさかこんなに荒れているとは思いませんでした。2年前はとってもキレイなところだったのですが・・・」
私が悪いわけではありませんが、二人を連れてきた身としては責任を感じずにはいられませんでした。
「警察は一体何をやっているんだ!」
だんだん、こんな輩をのさばらしている警察に対し、怒りのような感情が込み上げてきました。
「増永さん、警察なんて当てにしても駄目よ。彼らなんていい加減なもんなんだから」
谷川さんは私を諭すようにそう言いました。
「でも、こういうときのために警察はいるはずなんだけどなぁ」
国民の生活の安全と治安維持を使命とする彼らが頼りにならなければ、誰を頼りにすればよいのでしょうか。私は、谷川さんの悟りきった言い方に違和感を覚えながら、手にしていた携帯を握り締めました。
「やっぱり電話したほうがいいよね、警察に」
そう私が口にしたときです。川口さんが私の黒いTシャツの袖を引っ張って叫びました。
「増永さん、待ってください!あそこに警察の人たちがいっぱいいますよ!」
一瞬、ぱっと明るい気分になりました。
「やっぱり警察が来てくれたんだ!」
そう思って川口さんの指差す方向に目をやりました。確かに、30人ほどの警官たちが缶ジュースの自動販売機の前に集結していました。
「おおお、これで暴走族も一網打尽だぞ」
私たち三人はクルマを離れると危険かもしれないと思い、車内から警官たちの活躍を拝見することにしました。
ところが、10分経ってもなんら変化がありません。
「ねぇ、なんか変だと思わない?」
谷川さんはイライラした表情を浮かべていいました。相変わらず、目の前では爆竹の火花が散っています。暴走族たちは我がもの顔で駐車場内を走り回っていました。
「確かに。目の前でこれだけめちゃくちゃやっているのに、さっきから警官たちは一向に動こうとしない。なんであんなにのん気に缶コーヒーを飲んでいられるんだろう?」
一般の観光客たちが爆竹の音に怯えているのを目の当たりにしながら、なぜ今すぐこの酷い問題の解決に乗り出さないのか。私にはそれが不思議でなりませんでした。
「一般人が、明らかに困っているのに警官たちは何を考えているんだ!」
抑えていた警官たちへの不満が込み上げてきました。
30分が経ちました・・・。
「もう限界だ。帰ろう。現実はこういうことだった。ただそれだけだ!」
私はクルマのヘッドライトをつけ、東京方面の湾岸線の入り口に向かって大黒PAを後にしました。
「警官っていったって、みんながみんないい人とは限らないのよ」
谷川さんは窓の外を流れる光を見つめながら言いました。
「彼らって、スピード違反をしたのが可愛い芸能人の女の子だったら許すものよ。中にはサインをもらう警官だっているんだから。あと、女性に本当に弱い。私なんて時速180キロで何度も捕まったけど、一度も切符を切られたことはないもの。笑顔で『ごめんなさ〜い』って言えば、それで済んじゃうの」
それを聞いて私はがっかりしました。彼女は時速180キロでも切符を切られないのに、私なんて些細なことで何度も切符を切られていました。しかも、どう謝っても一度も許してもらったことはありませんでした。
「そんなにひいきするんだ」
川口さんがぼそっといいました。
「谷川さんって、180キロも出すの?一体どんなクルマに乗っているんだい(笑)?」
すると彼女は涼しい顔で「スカイラインGT-R」と答えました。
私はそれを聞いて「GT-Rでも切符を切らないなら警察って本当に駄目なんだな」とがっかりしました。
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翌週の晴れた日曜日に、研修生活最後のイベントとして、インストラクターも交えたバーベキューが行われることになりました。
「クルマを持っている奴は当日出してくれよ」
インストラクターである西岡代理(仮名)を中心にバーベキューのプランが進められました。
場所は奥多摩のキャンプ場、参加人数は約20名、クルマは西岡代理のステップワゴンを含めた5台が投入されることになりました。その5台のクルマの中には私の愛車であるシルビーちゃんも含まれていました。
「じゃ、集合場所は清瀬寮がある清瀬駅の北口ロータリーということで」
西武池袋線清瀬駅は、清瀬寮から見るとちょうど南に位置しています。その清瀬駅の北口ロータリーは、私が毎朝通勤で使うバスが到着するところです。このロータリーには「けやき通り」と呼ばれる、割と細い道路が南北につながっており、私の通勤バスはこの道から南下してロータリーに入っていきます。
おそらくこの北口ロータリーで一番目立つのは「西友」というスーパーマーケットの大きな建物でしょう。寮生活で使う生活必需品のほとんどすべてが、このスーパーマーケットで買い揃えることが出来ます。その大きな建物は、前述の「けやき通り」の通り沿いに建っており、清瀬駅北口ロータリーに向かう際には必ずその脇を通っていました。
「今日もいい天気だなぁ。みんなでバーベキューをするには、こんなに気持ちのよい日はないだろう」
澄み渡る青空の下、私は清瀬寮の近所の駐車場に止めてあったシルビーちゃんのエンジンをかけました。そして、クルマで5分ほどの距離にある清瀬駅北口ロータリーを目指してアクセルを踏み込みました。
しばらくして右折し、またすぐに左折すると、その道は「けやき通り」です。
「もう、みんな集合場所に来ているかな?」
私は中学校時代から「5分前行動!」と何度も刷り込まれており、必ず約束の時間までに現地につくようにしています。特に、クルマで集合場所に向かう場合は時間にかなりのゆとりを持つようにしていました。このままのペースで行くと集合時間の20分前にはついてしまいそうでした。
まっすぐな「けやき通り」の左手の通り沿いに「西友」の大きな建物が見えました。その道の法定速度は時速30キロメートルです。特に急いでいたわけでもありませんでしたので、ノロノロと運転していました。このあたりは本当に田舎で、東京とは思えない程、長閑な雰囲気がありました。「西友」の前にある横断歩道にも信号はなく、その必要もないといった感じでした。
「お、あそこにいるのは白バイの警官」
けやき通りの終点、すなわち北口ロータリーの入り口のところに白バイを脇に止めた警官が仁王立ちでこちらを見ていました。実は、このロータリーの出入り口には「一時停止」の標識があり、よく白バイの警官が張っているのを知っていました。あまりにも頻繁に見かけるので自分は絶対に捕まらないという自信がありました。
「ああ、そういえば先週末の夜は最悪だったな。こんなところに立っている暇があったら大黒PAの暴走族をなんとかして欲しいよ」
嫌なことを思い出したなと考えていたとき、信号のない横断歩道のそばの歩道に立っているお婆さんの姿が目に入りました。おそらく、そのお婆さんは「西友」に買い物に行くところだったのでしょう。反対車線、つまり私から見て右側の歩道に立っていたお婆さんが2、3歩横断歩道に足を進めました。
私はそれに気付いていましたので、横断歩道の手前でスピードを落としました。するとお婆さんもこちらに気づいたらしく、一度渡りかけた横断歩道から元いた歩道に戻っていきました。
「お婆さん、ありがとう!」
私は、運転席からお婆さんに向かって一礼して、再びアクセルを踏みました。そして、視線をまた前に戻しました。その時のことです。
「ピーッ、そこのシルビア止まりなさい」
突然、いかついサングラスをかけた白バイの警官が私のシルビーちゃんの行く手をさえぎりました。私は、何が起こったのかわかりませんでしたが、とりあえず清瀬駅の北口ロータリーの入り口のところでクルマを止めました。
「コン、コン、コン、コン」
警官がシルビーちゃんの窓をせわしなく叩いてきます。
「はい、どうしたのでしょうか?」
警官はサングラスで表情を隠したまま話を始めました。
「君、横断歩道にお婆さんがいたのは知っていたかね?」
私は「知っていました」と答えました。
「横断歩道に歩行者がいたら一時停止しなければならないことを知っていたかね?」
同じく「知っていました」と答えました。
「なのに君は、一時停止をすることなくその場を通り過ぎただろう。一時停止違反で減点・罰金だ!」
素直に警官の質問に答えていると、最後に「違反だ」といわれたのでした。
「ちょ、ちょっと待ってください。確かにお婆さんがいました。だけど、お婆さんは私が横断歩道に到達する前に元いた歩道に戻ったんですよ。だから、確かに一時停止はしませんでしたけど何か問題はあったのでしょうか?」
すると警官はドスの聞いた声でこう言い放ちました。
「問題があっただろう。道路交通法違反だ!」
確かに、法律上は問題があったのかもしれません。しかし、お婆さんが元の歩道に戻ってしまった以上、なぜ誰もいない横断歩道で一時停止しなければならないのか、それが理解できませんでした。そして、この高圧的な態度に少し腹が立ちました。
「すみません。しかし、私には理解できません。反省はしますので今回は許していただけませんでしょうか。私は今からみんなでバーベキューに行きます。また、こんなことでお金を払ったのでは気分が台無しになります。本当にお金のゆとりがないんです。お願いいたします」
すると警官は私のシルビーちゃんのドアに肘を押し当てた姿でこう言ったのです。
「俺にはお前のバーベキューやお金のゆとりのことなんて関係ないね」
私の怒りの沸点がぐんと上がりました。
「さあ、免許証を出しなさい」
私の脳裏には大黒PAでの光景が浮かび上がりました。そして、ロータリーの出入り口をたくさんのクルマが「一時停止」をすることなく過ぎ去っていくのを見て怒りが爆発しました。
「ふざけるな。何で俺なんだよ!」
本来、この警官は一時停止の標識があるところで見張りをするために立っていたのです。それが、その手前の横断歩道での出来事に首を突っ込んできたのです。見張るべきポイントを放置し、本当に違反かどうか疑わしい私、しかもお金にゆとりのない私にこだわることに怒りを覚えました。
「おっさん、あんたが張っていたところを見ろよ。一時停止の標識を無視して、何台のクルマが走っていったんだよ。俺にかかわっている暇があったら、そいつらを捕まえろよ!!」
するとすぐさま警官が次のように反論してきました。
「お前が違反をするから、あいつらを捕まえられないんだ。あいつらが違反をするのはお前のせいだ!」
そこまで言われて、私は完全にキレてしまいました。
「黙れ!俺たちが納めた税金でお前は飯を食っているんだろう。それなのに、こんなに善良でお金のゆとりもない国民からまだ罰金を取りたいのか?かわいい女の子だったら許すくせにいい加減にしろよ。俺から罰金を取る前に、大黒PAにいって暴走族を捕まえてこいよ。お前は、暴走族が何をやっているのか知っているのか?本当はお前らは暴走族が怖いんだろう?だから手を出せないんだろう?そいつらを捕まえてきたら罰金でも税金でも何でも払ってやるよ」
自分でもまさか警官にここまで言うとは思ってもみませんでしたが、とにかく警官の話に納得できない上に、こちらに対する態度の悪さに頭にきました。そんな私の暴言に対して、この警官は相変わらずの態度を貫いたので素。
「大黒PAだって?俺には関係ないね」
しつこく「免許証を出せ」と迫ってくる警官に対して、私は頑なに拒否を続けました。
「免許証を出せ!」
「嫌だバカ!」
「免許証を出せ!」
「うるさい、税金泥棒!」
「免許証を出せ!」
「知るかボケ!」
「免許証を出せ!」
そんなやり取りを繰り返している間に、待ち合わせ場所である清瀬駅北口ロータリーに集まってきた同期たちが私のクルマの周辺にぞろぞろ集まりはじめました。
「まずいぞ、同期たちがきちゃった・・・」
目の前の警官のことはどうでもよかったのですが、会社の同期たちにこんなやり取りを見せるわけにはいきません。私はもともとこのようなやり取りをするタイプではないにもかかわらず、このような警官一人のために、みんなから誤解されるのも馬鹿馬鹿しいと思いました。
「免許証を出せ!そうしなければお前を直ちに連行する!!」
「連行する?!」
この一言で私はあきらめることにしました。
せっかく楽しいバーベキューを目の前にして、そして同期のみんなを目の前にして、こんな奴に連行されていくのは最もおろかなことだと思いました。
「どうぞ、免許証です」
私は怒りを抑えて、丁寧に免許証を渡しました。
「お前さ、もうこれ以上よそ様に迷惑をかけるなよ」
警官はそういって青い切符を切り、その場を立ち去りました。
★ ★ ★ ★ ★
「あ、カゲさん。いま電話いいかな」
バーベキューから帰ってきた私は当時横浜に住んでいた大学時代の親友であるカゲさん(景山知一。ライブレボリューション元取締役、創業メンバーのひとり。現在は岡山県にある実家・カゲヤマオートを継いでいる)に電話をかけました。
「あのさ、今日は嫌なことがあってさ。聞いてよ。こちらはお金もないのに警官に・・・」
カゲさんにはその日の出来事だけでなく、大黒PAでの出来事も含めて愚痴を洩らしました。
「本当はさ、お金の面で言えばバーベキューに行くのも辛かったんだよね。大学時代に父が勤めていた会社が倒産しちゃったから、全然お金にゆとりがないんだよ。学生時代の借金は育英会だけで300万円以上あるし、小学校時代の親友には10万円くらい借金がある。クレジットカードの借り入れも加えれば大変なことになっている。それなのに一時停止で5,000円か10,000円くらい取られるわけでしょ。嫌になっちゃうよ」
当時の私にとって、お金の問題は思いのほか切実なものでした。大和証券から入ってくる収入は一定なため、支出をコントロールする以外にやりくりができません。社会人の出だしから借金まみれになっていた私は、涼子さんとのデートの際にもお金のことが頭から離れませんでした。
そんな私に対して、カゲさんは「はっ」とするような話をしてくれました。
「師匠(私はカゲさんの麻雀の師匠でした)、その気持ちわかるで。俺だって、原付で右折禁止の切符を切られたら『痛った〜い』って思うもん。でもな、最近は罰金を気持ちよく払うことにしたんや」
私はそれを聞いて驚きました。
「マジ?どうして、痛い罰金を気持ちよく払うことにしたの?」
私にはその行為が不可解でなりませんでした。
「あのな、罰金を気持ちよく払えないんはな、俺たちが貧乏だからやねん」
私にはまだその話の真意がわかりません。
「どうして罰金を気持ちよく払えないのが、貧乏な証拠なの?」
するとカゲさんは私と彼の共通の知人である正太郎(仮名)の話を始めました。
「この前、正太郎たちと麻雀をしたんや。師匠も知ってのとおり、正太郎は大手出版社に入社して、一年目から社長賞をもらうくらい活躍してるやろ。アイツの一年目の夏のボーナス知ってるか?」
「知らないけどいくら?」
「200万円やて」
給料が高いとは聞いていましたが、そこまで高いとはびっくりしました。
「正太郎は3日連続で徹夜するのも当たり前な仕事をしとる。お金を使う暇がないからこの2年間でめちゃくちゃお金が貯まったといっとったわ。アイツの去年の夏休みのとり方も凄いで。『日本にいたら携帯がつながるから、海外に行く』っていって、ハワイで10日間も滞在したらしいわ。そんな正太郎やけど麻雀大好きやろ。で、話が戻るけど、この前徹夜でいっしょに麻雀をやったんや。そしたらな、アイツ、クルマで着てて、ビルの前に路駐しとったんや。お察しのとおり、ちゃんと駐禁とられたんや」
私はそれを聞いて「痛いだろうな」と思いました。
「そっか、正太郎も駐禁で3万円だっけ?痛いだろうね。やっぱ警官は最悪だな」
それを聞いたカゲさんは「ちゃうで」と答えました。
「夜が明けて、お店の外に出たら、クルマに駐禁のシールが張られてた。それを見た正太郎の一言に俺は衝撃を受けたんや。『ふざけんなよ。忙しいんだから銀行まで行かすな』だって・・・。アイツはな、罰金の金額なんてこれっぽっちも気にしてなかったんや。お金がある奴は、罰金の金額なんて気にしてないってことを思い知らされたわ」
私も、その話を聞いて衝撃を受けました。
「そうか、自分が罰金に腹を立てていたのは経済的なゆとりがなかったからなのか・・・」
自分の心の弱さの原因の一つは、お金がないことに起因していたことを知りました。もし、自分がお金持ちであったなら、今回の「一時停止」の罰金の件でここまで腹を立てることはなかったでしょう。大黒PAの件も絡んでいたとはいえ、正直に言えば、「バーベキューのお金だけでも大変なのに」という金銭的に大変なところに罰金が加わったことが怒りの根源にありました。日々、100円単位で節約していただけに、ワケのわからない予想外の出費が発生したことで、強いショックを受けていたのです。お金があれば、さっさと切符を切ってもらってバーベキューに気持ちよく行っていたに違いありません。
お金がなかったことが、結果としてありえないような暴言を吐くまでに自分を追い詰めていたのでした。
「貧乏は罪やな」
カゲさんの一言に私は深くうなずきました。
本来は、理由が何であれ法律に抵触したのであれば、罰金を払うことになっても仕方がありません。その罰金を払えなかったり、その罰金を払うのをためらったりするのは自分の経済的なゆとりのなさが根底にありました。
「貧乏って怖いね。そして、お金がなかったら、人は大らかになれないのかもしれないね」
もちろん、金銭感覚は人それぞれであり、お金がなくとも大らかでいられる人もいるでしょう。しかし、経済的にゆとりがなくともすべての人が大らかになれるとは限りません。やはり一般的には大らかになどなれないでしょう。
「カゲさん、めっちゃいい話をありがとう。自分の器が小さかったことを気づかされたよ。これからは、罰金はちゃんと快く払うよ。罰金を渋るなんてかっこ悪いもん。たとえお金がなくったってそうする。あと、これからは罰金を渋らなくてもいいくらいの経済的なゆとりを持った人間になりたいと思う。そのためにもこれからしっかり働かないとね(笑)」
私は、このカゲさんの話から「人の心とお金の関係」について学ぶことが出来ました。それは「人の心とお金の関係」のほんの一部の真実でしたが、後の私の経営に大きな影響を与えました。
「給料は渋るよりも多めに払ったほうがいい」
ライブレボリューションという会社を経営するにあたって、私はこのように考えています。その理由はいくつかあるのですが、ここでは、今回の件と関係のある理由に絞って述べたいと思います。
私は、給料を渋ってしまうと今回の私のように、経済的なゆとりがないが故に警官に歯向かったり、罰金を渋ったりする人間が生み出される可能性があることに気づきました。それは社会的な問題にも関わるものだと考えています。世の中の経営者には支払う給料をなるべく少なくしようと躍起になっている人たちがいます。しかし、もし自分の会社の社員が経済的なゆとりがないことを理由に人に迷惑をかけるようなことがあったらいかがでしょうか。これでは素晴らしい社会を生み出すことに経営者として貢献しているとはいえないと思います。
「経済的なゆとりはどうあれ、悪いことをする奴が悪い」
確かにそうでしょう。経済的には恵まれていなくとも悪いことを一切しないという人だっているのかもしれません。
しかし、その悪いことをする遠因が世の中では「貧乏」に由来することが多いことを考えれば、給料をなるべく多く払うことで、社会を少しでもよくすることができるのではないかと私は考えています。
「人はゆとりがなければ優しくなれない」
自分が会社を興してみてはじめて、その言葉の意味を身に染みるほど理解しました。時間のゆとりであれ、お金のゆとりであれ、心のゆとりであれ、人は「ゆとり」がなければ優しくなれないのです。
「給料は渋るよりも多めに払ったほうがいいに違いない!」
給料を受け取る社員当人だけでなく、その配偶者や子どもの「ゆとり」を考えなければならないと経営する中で気づきました。可能な限りの「ゆとり」を提供し、大らかな心の持ち主を一人でも多く増やしていく・・・これは一つの社会貢献だと思います。
カゲさんの話を聞いて以来、私は自分の器の小ささを恥じ、罰金を支払う際には、迅速にきちんと収めるようになりました。それが、結局は一番よいことなんだということもわかりました。
実のところ、ときどき警官の方の対応に「?」と感じることがあります。しかし、危険と背中合わせの日々を過ごす中で、私のような若者についつい八つ当たりをしてしまう人もいるのでしょうし、テレビで報道されてしまうような事件を起こしてしまう人もいるのでしょう。そういったことは決してよいことではありませんが、きっとそれは彼らにゆとりのないことが原因なのだと私は考えています。
あれ以来、私自身はお金がないことで人間的に駄目にならないように心がけています。これが、私が研修中に学んだ最後の教訓となったのでした。
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