人に期待するな
大和証券に入って面白かった研修の一つに「アントレプレナーシップ講座」というものがあります。
当時の私は「アントレプレナー」という言葉を知りませんでした。この言葉は「事業を起こす人」すなわち「起業家」を意味します。
「大和証券の社長になる」という目標を掲げていた私にとって、この「アントレプレナー」というものには全く興味が沸きませんでした。ですから、この言葉の意味を説明されても耳に入っていませんでした。よって、この研修を受けている最中に「起業家」という言葉を意識したことなどありませんでしたし、言葉の意味を記憶した覚えもありません。
私がこの言葉を明確に意識し、その意味を理解したのは、この時点から約半年後になります。そして、私はやがて本物の「アントレプレナー」になるのでした。
入社した頃の大和証券は生き残りに向けて、大変な危機感を持って経営されていました。
1999年4月26日、大和證券株式会社はリテール部門と投資銀行部門を分社し、「株式会社大和証券グループ本社」(持株会社)として持株会社体制に移行しました。
この持株会社の下に、100%出資子会社となる「大和証券株式会社」(リテール部門を引き継いだ会社)と当時の住友銀行(現三井住友銀行)との合弁(住友銀行は40%を出資)で設立した「大和証券SBキャピタル・マーケッツ(現大和証券SMBC)」(投資銀行部門を引き継いだ会社)を持つことになります。
私は、なんと入社一ヶ月も経たないうちに大和證券株式会社を「退職」させられ、いくばくかの退職金を手にしました。そして、速やかに持株会社の傘下にあった大和証券株式会社に入社したのです(ちなみに旧大和證券の「證券」が新大和証券では「証券」という表記になったことで少々かっこよくなったと喜んでいました)。
当時は、リストラや転職の話題が連日のようにニュースになっていた頃でもあり、それらに伴う「年金問題」が盛んに議論されていました。そこに登場したのが「日本版401K(確定拠出年金)」であり、仕組みについては割愛しますが、「再入社の際に、従来型か401Kかを選びなさい」と大和証券から言われました。選択を迫られたときにはまだ、定年まで大和証券にいる予定でしたので、私は従来型を選びました。
「これから3週にわたって、島田先生(仮名)の研修を受けていただきます。大和証券は変革の真っ只中にいます。上場企業として最初の純粋持株会社となったのもその現れの一つです。大和証券も大企業病といわれるものが無いわけではありません。若い皆さんが大和証券を変えてくれることを期待しています。それでは、島田先生よろしくお願いいたします」
本社の人事部から来た方が島田先生を紹介しました。
「はじめまして、株式会社アントレプレナー研究所(仮名)の島田です」
島田先生は、株式会社アントレプレナー研究所の代表取締役です。自立型人材(アントレプレナー)の育成に力を入れられています。「どのような人材が自立型人材なのか」「どのようにすれば自立型人材になれるのか」―そういった点を学ぶのがこの研修の趣旨でした。
★ ★ ★ ★ ★
感動の一回目の研修が終わった直後、私は御礼を述べるために部屋を出る間際だった島田先生に歩み寄りました。
「島田先生、今日のお話にはとても感動しました。あと2回の研修も楽しみにしています」
島田先生はとても熱いハートの持ち主で、満面の笑顔と元気な声が印象的でした。その何事も前向きに捉える姿勢が私と似ていました。ところが、島田先生が部屋を出て行くと同期たちが悪口を言い始めました。
「なんだよアイツ。一人で熱くなって」
「夢なんか語って恥ずかしくないのかね」
「うざい」
「俺たちにはアントレプレナーシップなんて関係ねぇよ」
これらを口にしている同期たちを見て「すでに新入社員の時点で大企業病にかかっている」と思いました。大企業に入る若者のメンタリティーなのでしょうか。まるでアレルギーか何かのように反発しています。それまで彼らに感じていた「違和感」の理由の一端を見た気がしました。
「こんな奴らが将来の大和証券を担っていくのか?」
基本的に「感謝する」という姿勢が欠けている人間が何人もいました。ひどい人間になると「人に感謝するのは負けだ」と考えているかのようなところが見受けられました。こうでなければ厳しい競争社会の中では生きていくことが出来ないのでしょうか。
証券会社を志望する者であれば、入社前から証券会社は「厳しい職場」であることなど百も承知です。「協調」よりも「競争」が好きなタイプが確実に入社してきます。先輩社員に対しては「上司」ということで従順ですが、同期や自分に面倒をかけてくるような人間はまさに「敵」でしかありません。
研修中の私たちにはお客もいなければノルマもありません。しかし、研修中から「同期は敵だ」といったライバル心をむき出しにする人間が少なからずいました。島田先生の研修に対して非難するのはまさにそういった人間でした。ある意味、島田先生の極端に前向きな話を聞いて「反感」を持つかどうか、これでその人の考え方が「前向き」か「後向き」かがはっきりとわかります。
私は、自分で会社を興し6年以上経営する中で気づいたことの一つに「同じ価値観の人間が集まった会社でなければうまくいかない」というものがあります。
例えば、私が創ったライブレボリューションのビジョンは「宇宙一の企業を目指す」というものです。このビジョンをホームページの採用情報の欄で明確に打ち出しています。
もしかしたら、このビジョンを見て「宇宙一の企業なんて出来るはずがない」であるとか「夢みたいなことをいっていてビジネスが出来るか」と考える人がいるかもしれません。
「宇宙一」
ここまで書くと「極端」です。しかし、極端でなければ違いが明確になりません。「世界一」であれば誰でも言えるのです。ところが、我々のように会社のビジョンに「宇宙一」と明確に掲げている会社は他にはありません。
この極端なメッセージが、価値観を共有できるかどうかを確認するのに役立ちます。
まず、「宇宙一」ときいて「馬鹿馬鹿しい」と思った人は当社には応募してこなくなります。その中には一般的な基準に照らし合わせて優秀とされる人もいたかもしれません。しかし、我々が掲げるビジョンに共感できない優秀な人など必要ありません。そもそも、そのような人たちは私たちが考える「優秀」の基準からは落第点といえます。自分に限界を設け、自分や会社の将来を冷ややかにしか見ることができない人が、世界を大きく変えるような力を持ち合わせているとは到底思えません。私たちが求めるのは夢を持ち、熱意に満ち、可能性にかける気概がある人です。
島田先生の研修を受け、その内容に心から共感できたのは120名の同期の中でも3名くらいでしょう。逆に言えば、拒絶したり、何も感じなかったりした人間がほとんどだったのです。
私が同期に感じた「違和感」は、時を経るに連れてどんどん大きくなっていくのでした。
★ ★ ★ ★ ★
島田先生による研修二回目。
「人に期待するな」
これを言われたときにはドキッとしました。なぜ、人に期待してはならないのかがわからなかったからです。
「自立型人間は、すべて自己責任と考えるところからスタートします。他人に期待すると、裏切られます。近くの人に『ティッシュをとって欲しい』と期待したとしましょう。もし、とってくれなければ『なんて不親切な人なんだ』と思ってしまいます。そして、勝手に裏切られたと考えてしまいます。ところが、そもそも、ティッシュをとってもらうことを期待していなければ、そのような感情など芽生えません。不満やストレスは、他人を自分の思い通りにしようとする自分の考え方から起るものなのです」
私は「なるほど」と思いました。自動車の運転でも「だろう運転」をしてはいけないのと似ています。
「あの角から人が出てくることはないだろう」
自分の都合のいいように、勝手に人が飛び出してこないことを期待して、結局事故を起こしてしまう人がいます。自分に都合の良い判断ばかりしている人は、どこかで問題を起してしまいます。
では、人に期待しないでどうやって生きてゆけばよいのでしょうか。島田先生は次のように言われました。
「他人に期待するのではなく、他人を信頼しましょう」
島田先生の考える「信頼」とは、相手がどのようなことをしても、そのすべてを受け入れることです。相手のすべてを受け入れ、何があっても自己責任とする。それが本当の信頼だということでした。
私は島田先生の話を聞いて、自分が周りの人に対する不満やストレスや怒りの原因がわかったような気がしました。
「どうして、国はもっとよい経済対策を打ち出さないんだ」
バブルの崩壊で、父が勤めていた会社が倒産しました。その会社の経営が悪かったことも原因ですが、バブル前後の国の対策にも問題があると感じていました。しかし、私は島田先生の話を聞いて国に対する怒りがすーっと消えていきました。
「国に期待していたからか・・・」
もともと国に対してはあきらめモードだったのですが、それでも心のどこかで期待していました。国の仕組み、選挙の仕組みを見てみれば、駄目な議員が現れても仕方がないと思うのです。ただ、島田先生の話をきいて、国の政策について考える必要すらないと気づかされました。単に国に期待するのではなく、自分が出来ることをやるしかなかったのです。
「自分の手で国をよくするしかない」
こう考えたほうが、国に期待するよりも遥かに現実味が湧きました。
島田先生は、起業家(アントレプレナー)が持つべきメンタリティーをたくさん教えてくれました。「人に期待するな」はそのうちの一つです。他にもいくつか印象に残っているものを紹介しましょう。
「あきらめない限り、人生に本当の失敗はありません」
社内で新規事業を立ち上げたいと考えたとします。事業計画書を書き、上司に対してプレゼンテーションしたとしましょう。
「ここの数字があいまいだ」
そういって一蹴されたとします。このときに自立型人間は「上司の頭が悪いからだ」とは考えません。
「自分の説明が悪かったんだ。上司は改善点を教えてくれたんだ。感謝します」
このように、上司を説得できなかったのは自分の力不足だったと考えます。そして、指摘された数字の部分を修正します。
「100回ダメだしされたからといって、怨んだりあきらめたりしてはいけません。100個も改善点を教えてくれたんだと感謝しましょう」
また、このようにも言っておられました。
「100人に断られたとしても、100人に改善点を指摘されたのだから、最初のプランよりも遥かに良くなっているはずです。絶対に成功させたいなら、成功するまで指摘されたところを修正して、プランを更にブラッシュアップさせましょう」
自立型人間は、人に期待せず、人を信頼し、すべてを自己責任だと考えて、成功するまであきらめない・・・。こういったことをかつて私に教えてくれた人は一人もいませんでした。
島田先生は常に「win-win」を念頭においておられました。
「トータル・サティスファクション(以下、TS)」
これも、起業家が持ち合わせるべきメンタリティーのひとつです。
よく「カスタマー・サティスファクション(以下、CS)」が大事だといわれます。いわゆる「顧客満足」のことです。
しかし、島田先生のおっしゃられるTSは、すべての人々を未来永劫幸せにすることを目的とした考え方でした。
「家を建てるときは、近隣の住民に騒音などで迷惑をかけるでしょう。普通は、それでも仕方がないと考えます。建設会社の立場から見れば、近隣の住民よりもお客様のほうが大切なので、多少の迷惑など顧みないで仕事をするでしょう。しかし、TSを実践しようという会社であれば、釘やトンカチにタオルをまいたり、特殊ゴムで出来たトンカチをつくったりして、騒音が出ないようにするでしょう。すべての人を幸せにするという考え方を起点にしていなければ、こういった発想は出てこないのです」
私の父はゼネコンに勤めていました。しかし、そのようなアイデアを聞いたことはありませんでした。島田先生の話が既に実現しているかどうかはわかりませんが、実現しているかどうかが重要なのではなく、実現させるという姿勢が大事だと思います。
2回目の研修の最後に島田先生が「アントレプレナー度テスト」を実施しました。
「みなさん、これから『アントレプレナー度テスト』を行います。配った解答用紙を見てください」
手元にまわってきた解答用紙には、1から10までの数字が縦に並んでいるだけでした。
「今から20分で、大和証券の問題点を10個挙げてください。ちなみに、私は多くの大企業の幹部にこのテストを実施していますが、満点をとった人はいません。優秀といわれる彼らでも、アントレプレナーシップを理解できている人はほとんどいないということです」
★もし、このテストに回答したいと思っている人がいれば、ここで読むのを一旦やめて、自分が所属している会社の問題点を20分で10個挙げてみてください。答えはこの後に書かれていますので、読んでしまうと答えがわかってしまいます。
私はそれを聞いて「島田先生の言っていることが理解できる人なんてほとんどいないだろう」と思いつつ、「でも僕は100点を取れるけどね」と自信を持っていました。
みんなが一斉に解答用紙に急いで回答を書き込む中、私はゆっくりペンを手に取って自分の名前を解答用紙に書き入れました。
「では次回、最後の研修の際に結果を発表します」
後ろから解答用紙が大量に回ってきました。
「ああ、みんな間違えている・・・」
同期たちを見ていると、大企業の幹部になるエリートというのは、本質的に自立型人間ではないのかもしれないと思いました。
★ ★ ★ ★ ★
島田先生による研修の最終日。私は、「アントレプレナー度テスト」の結果を楽しみにしていました。
「はじめに、前回受けてもらったテストの結果を発表したいと思います」
早速の発表にドキドキしました。
「いや、びっくりしました。120人の中に一人だけ満点をとった人間がいます」
二つの意味で安堵しました。満点が一人もいなかったら残念ですが、二人いても悔しかったからです。
「では、その人の名前を発表します」
「その満点をとった人の名前は・・・」
「増永君です」
研修室内が「おお〜」っとどよめきました。
「君は凄いな」
私はうれしくてたまりませんでした。
「彼の答案用紙を見せてあげよう」
そういって島田先生は私の答案をみんなに向けて掲げました。
「彼は、名前だけ書いて白紙だったんですよ」
周りから「えーーっ」という声があがりました。
「増永君、どうして白紙で出したんだね?」
私は立ち上がりました。
「会社に期待するなということです。島田先生は『大和証券の問題点』とおっしゃっていましたが、それは『私の』と置き換えるべき問題なんです。そうでなければ、当事者意識を持って問題に取り組めませんよね。すべてを自己責任と考えれば、この解答用紙は白紙で出すのが正解だと思いました」
「ブラボ〜」
会社に対する不平不満は、会社に期待することから始まります。本来、会社をよくしていくのはそこで働く人たちであり、もっといえば自分自身のはずです。しかし、多くの人が「会社は自分に何かしてくれる存在」というように受身に構えています。そして、概してそういう人たちが不満分子となり、どんどん会社を駄目にしていきます。
私も会社を創ってから、このような不満分子に悩まされたことがあります。何でも人のせいにし、何でも後ろ向きに受け止め、何でも会社に要求してくる人間を入社させてしまったのです。自分自身では自立型人間の本質をわかっていても、入社してくる人がわかっているかどうかは見抜けませんでした。
しかし、経営者になってから5年目に、そういった不適切な人間を見分け、仮に入社したとしてもすぐに去っていく仕組みを構築しました。それが、私のライブレボリューションの強みになっています。この仕組みについては、もっと後の『起業家物語』でお話ししたいと思います。
★ ★ ★ ★ ★
「島田先生、この度は誠にありがとうございました」
最後に挨拶にいったのは、私ともう二人の3人だけでした。
「とてもよいお話を聞かせていただき、感動しました。これまで、島田先生のような方に会ったことがありませんでした。そして、島田先生のような考え方に触れたこともありませんでした。今回の研修内容を私なりに活かしていきたいと思います」
人は、考え方ひとつで人生が変わるものです。
私にはもともとアントレプレナーとしての素質があったかもしれません。しかし、島田先生にお会いするまでは、「人に期待するな」といった考え方を持ち合わせていませんでした。おそらく、研修でこの話を聞いていなければ、「アントレプレナー度テスト」で、10個といわず100個くらいの問題点を挙げていたでしょう。
島田先生に出会えた事で、その後の人生が大きく変わったといっても過言ではありません。人や生き方に対する考え方が大きく変わりましたから。
「自己責任原則」
これは証券マンなら誰でも知っている一番大事な原則です。お客様と株の売買でトラブルになった場合の殺し文句は「株の取引は自己責任原則ですから」であり、そうやって”自分”の自己責任原則からは逃れるのが常でした。
しかし、果たしてこの自己責任原則の真の意味を理解し、実践できている証券マンがどれだけいるでしょうか。島田先生の研修が終わった後の同期の感想を耳にするにつけ、まだまだ理解している人は少ないでしょう。
この件で、私がとても残念に思うのは、こういったセミナーを主催してくれた大和証券の人事部の方々の想いが新しい世代に伝わっていないことです。
「新しい世代から大和証券を変えて欲しい」
入社したての頃からこれでは、先が思いやられます。
●毎週金曜日に連載する増永寛之著『起業家物語』のバックナンバーはこちら
|