● これまでとはまったく違う環境になったのですね。
そうです、営業系だった私が突然システム、つまりはスタッフ側の仕事に携わることになりました。まったく経験のない分野であったにも関わらず、非常に重要なミッションの責任者となったのです。ある種、挑戦しがいのある機会でしたね。
こうした状況のなかで学べたことももちろんあります。営業だけではなくスタッフ側からの物事の見方もそうですし、プロジェクトの取り仕切り方も学べました。
自分にとって未知の世界の中で、どうやってその道の専門家とうまくやっていくか―これがプロジェクトを進めるにあたり、非常に重要でした。この状況だからこそ、そのようなことをある程度身につけることができたと思います。
● ではいつ頃から高山社長は独立に向けて具体的に動き出されたのですか。
年齢的に言えば、ちょうど30歳をむかえた頃ですね。携わっていたシステムもリリースでき安定稼動し始めて、区切りをつける意味でもタイミングが合っていたように思います。
仕事も一段落して「じゃあ次は、現場である営業に戻って来い」という話も、もしかするとあるかもしれない。自分の性分からして、そういった話をいただいたら、また現場に戻って期待に応えようという話になりかねない。そしてまた数年間、営業活動です。そうなる前に、退職を申し出ました。
ただまだこの時には、特に何をやるかが決まっていなかったんですよ。私自身、家庭を持っていたので退職を選んだのは非常に大きなリスクを抱えての行動でした。でもここで辞めないと、また次のミッションを与えられて頑張ってしまうので(笑)。あえて、この道を選んだのです。
それに、結果をある程度出すことができると居心地も良くなってしまい、さらに会社を辞めにくくなると思うんですよ。安住してしまうんですね。ですから、まずは退職ありきでスタートしました。
しかし当然、辞めたのはいいですが収入は完全にストップ。起業資金はあったものの、生活費までの余裕はありませんでした。まだこれといった事業も決まっていなかったですから、その間アルバイトをしていたのです。収入を得るためはもちろんですが、ずっと人材紹介業しか経験をしていなかったこともあり、思考を人材紹介からもっとマルチな発想ができるように切り替えたかったという考えもありました。
とにかく色々なアルバイトを経験して、様々な人と出会い、話をしたりして情報収集をしたんです。そうやって約1年の準備期間をおいて、1997年に株式会社アスパイアという会社を設立しました。「大志を抱く」という意味の社名です。
【続く:2/9】