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【増永】 会社を立ち上げてから今日に至るまで、経営者として学んだことなどをぜひ教えてください。
起業してから10年経ちましたが、もともとは自分たちが楽しく働ける環境を作ろうという思いから立ち上げた会社です。幸い3年目ぐらいから一般的な給料を支払えるくらいに成長してきました。当時は4,5名規模でしたね。ただ5年目くらいで少しだけ売上が足踏みしたのです。
これまで10期連続増収、8期連続増益できているのですが、そのときは前年比300万円ほどの売上の伸びでした。急にキャッシュフローも厳しくなり、経営者としてしっかりとお金をストックする財務の考え方もして経営していかないと、いざというとき立ち行かなくなるという、ごくごく当然のことに気付かされました。
これに気付いてからは、財務のこともきちんと考えた経営をするように意識が強まったのです。
財務的な部分も考慮するようになってから、新たに気にするようにしたことがありました。それは、「社員は何を目的として、この会社で働いているのか、今後どうしていきたいのか」ということです。そこで、今後もっと会社を良くしていくためにも経営者として知るべきことだと思い、直接社員に聞くことにしました。
すると、「東京で仕事をしたい」という回答をした社員がいたんです。当時は大阪を拠点として展開していたんですね。それを聞いて私も、「東京か、いいんじゃない?」と(笑)。リーマンショックの少し前くらいの時期で、会社としては7期目に入っていました。世の中の景気もまずまず良かったですし。
そして東京の代理店さん15社くらいに営業をしてみたところ、想定以上に引き合いがあり、初月で400万円くらいの売上が立ちました。実際にやってみて、東京の凄さを体感しましたよ。大阪ではこんなにスムーズにはいきませんでしたからね。
● 大阪から東京への営業拡大も順調に進まれたのですね。
そうですね、しかしここに落とし穴がありました。思っていた以上に成果を得てしまったので、正直言えば調子に乗ってしまったのです(笑)。
ある会社さんから「業務提携しないか」という提案を受けたんですよ。有名企業から合計数億円にのぼる出資を受けている会社さんで、将来は美容業界に対して映像コンテンツでさまざまな情報共有をするための、定額制配信事業を展開していきたい―そんなビジョンをもった会社さんでした。その会社さんと原宿に撮影スタジオを作って、一緒にやっていこうということだったんです。
当社としてはありがたい話でしたし、あるだけの資金を注入してスタジオ作りに注力しました。打ち合わせの度に銀座のお寿司屋さんとかに通ったりして・・・ものすごく景気のいい話ばかりしていたんです。
なかなか具体的な話にもならなかったので、「コンテンツの制作やマーケティングとかは、どうなっているんですか」と聞いたところ、「そういうことは、後からついてくるものだから」と、はぐらかされていました。
私自身、無知ということもあり、ただただ「東京は凄いな」と思い、こういうやり方が当たり前なのかと思っていたぐらいです。
そうこうしているうちにリーマンショックが起こり、当社の売上の大きな柱となっていた会社さんが倒産してしまったのです。渋谷に自社ビルを所有するぐらいの大きな会社さんだったのですが・・・当時は与信という概念もなく、毎月仕事依頼をいただいていたので特に注意することもありませんでした。
しかしある日突然、その会社の課長さんから電話がかかってきて、「薮本さん、驚かないでくださいね。うちの会社、倒産します」と告白されたのです。予想もしていなかったことでしたから、私自身相当驚きましたけど・・・相手方としても、可能な限り迷惑をかけないように、というスタンスで動いていただきました。そして本当に倒産してしまったのです。
さらに悪いことは重なるもので、業務提携を進めていた企業さんが実はブラック企業であり、数億円も集めていた資本金はわずか3年で全て使い果たしていたのです。負債はすでに発生しており、しかし実態のない会社だったため資金調達もできない状況でした。当社としては500万円ほど売り掛けが焦げ付くことになりましたが、これはもう明らかに私の経営判断ミスですね。
業務提携を解消して、500万円については諦めようと思っていたら、なんと相手方から「事業がうまくいかなかったのは、サムシングファンのせいだ」と言いがかりをつけられたのです。さらにその会社の債権者の方々がインターネットで当社との事業提携のリリースなどの過去の情報を見て、当社に問い合わせの連絡がくるようになりました。
このままにしていたら、ちょっとまずいな・・・と思い、裁判を起こして債務の確認と当社に対する誹謗中傷を止めさせるよう訴えたのです。
裁判を起こしてから半年ほど経って、最終的には相手方が全面的に認めて和解となりました。売掛金については一銭も戻ってきませんでしたけどね。しかしトラブルは一切なくなったので、それはそれで良かったと思っています。
振り返ってみると、裁判自体のインパクトが非常に大きかったんですね。訴状が届くのですが、その内容が全てありもしない嘘ばかりだったんですよ。
裁判沙汰になる前、相手方は口頭でのやり取りを文化にしていましたが、当社はメールやチャットでのやり取りを文化にしていたので、どれだけ相手方が口頭で言ってきても、こちらはすべてメールで対応していました。
この手法が救われたのです。すべて証拠として残っていましたから、それらが裁判でもきちんと採用されて、全面的に勝訴ということになったのです。裁判なんてもちろん初めてのことでしたし、その後は逃げ帰るようにして大阪に戻りました(笑)。
【続く:2/5】
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