【増永】 渡邉社長がアイエスエフネットを創業されるまでに、どのような人生を歩まれてきたのか教えてください。
自営業をしていた両親の影響を受け、起業を想定して社会人経験を積んでいました。
学生時代から、人とのコミュニケーション力やリーダーシップ力を身につけたいという思いがあり、実現のためにある計画を立てたのです。それは、1人で沖縄に行き、友だちがたくさんできたら起業をする、という計画でした(笑)。
しかし沖縄に行くといっても、タダでは行けませんよね。1ヶ月の滞在を予定していたので、約40万円は必要だと。学生時代はアメフトの部活動に専念していたので、その間アルバイト代を稼ぐこともありませんでした。金銭的な余裕がまったくなかったので、春休みの1ヶ月間で40万円を稼げる仕事を探すことにしたのです。
しかし40万円・・・簡単に稼げる金額ではありません。どんな仕事があるか探したところ、土木作業員にいきつきました。
最初に出勤したときには、「理工系の人間にはあわないよ。この前も3日で逃げていった奴がいたよ」と言われたんです。それを聞いて逆に、「やってやろうじゃないか」と思いましたね(笑)。
実際に仕事をしてみて何が一番厳しかったかというと、環境ですね。体力には自信があったので大丈夫でしたが、仕事中はいろいろな人とトラックに乗り合わせるんですよ。そこには、刑務所から出所した人などがいて、彼らに脅されるとかそういう最悪な環境でした。これが一番きつかったですね。それでも1日しか休まずにひたすら働いた結果、43万円を稼ぎ、予定通り沖縄に行きました。
● 念願の沖縄ではどのように過ごされたのですか。
コミュニケーション力をつけるという当初の目的があったわけですが、1日目は誰にも話しかけられず買い物。2日目は観光、3日目にはもう飽きてしまいました(笑)。
けれどここまでくるには、相当の努力があったわけですから帰るわけにもいきません。ようやく周りの人たちにいろいろと声をかけることを実行し、最終的には西表島まで行き、島民の方々と打ち解けるまでになりました。
20数年前の話ですが、当時は島民の方々も少なく、その半数くらいの人たちが良くしてくれたんですね。ここから私にとってたくさんのストーリーが始まりました。
そして予定通り1ヶ月後には沖縄を去り、翌年、また同じアルバイト先で働いたんです。すでに経験者だったため、リーダークラスのポジションとなり、最初の頃よりもとても楽な環境でした。そしてまた沖縄へ行ったんです。すでにたくさんの友だちがいましたから、最初に比べれば非常に気持ちの楽な滞在になりました。
この経験から学んだことは、最初の段階でリスクをとっていろいろなことに挑戦し、切り拓いていけば、次に同じことをしてもものすごく楽になるということ。楽だから、また行きたくなります。
自分が今やりたいこと、楽しいことというのは、作られたものの上に成り立っているわけではなく、自分自身がリスクを負って乗り切る。嫌だと思うことも、努力と根性で乗り切ろうという心意気を見せれば、いつかは自分の立ち位置も変わって物事の捉え方も変わるんだということでした。
ある種、これは起業と似ているんですよね。私は4人で起業したのですが、今では2,000人を超える従業員に囲まれています。いろいろな出会いもあり、毎日が楽しくて仕方ありません。こう感じられるのも、最初は何もないゼロの状態でスタートして、資金繰りなんかにも苦労しつつ、日々いろいろな努力、変革を行なってきたからこそ、今がある。
この経験は、振り返ると沖縄での体験と近しいものがあり、あのとき学んだことが起業につながっているんだということを実感します。
【続く:1/5】