【増永】 御社の事業内容を教えてください。
金属加工をメインに行なっています。たとえば、金属の平たい板を打ち砕いたり、切ったり折り曲げたり溶接をして、精密な部品を作るプレス加工や板金加工と呼ばれる加工をしているんです。
父が創業した頃は、プレス加工という過程で必要となる金属プレスの金型を1人で作っていました。そこから発展して、金型だけではなく製品も作ってほしいという要望のもと、製品加工もやるようになったのです。
そして私の代になってからは、精密板金という小ロット・中ロット対応の部品加工を手がけるようになりました。今ではその金属加工の設計やアッセンブリと言われる他の部材を組み合わせて1つの部品を作る加工も行なっています。
● 社長業を継がれてから今に至るまで、順調に成長をされているかと思いますが、一方で町工場全体としては衰退しているのが深刻な問題になっていると思います。御社とその他の町工場とでは、どういった違いがあるのでしょうか。
どうなのでしょうか・・・この会社を引き継いだとき、極端に業績が悪かったというわけでもありませんでした。当時は売上高が3,000万円で3名の社員。決して余裕があったわけでもありませんが、それなりに安定はしていました。ところが当時、この業界の生産拠点がコストの安い海外に移りはじめたのです。
一般的に日本の中小・零細企業の技術力を評価されるポイントというのは、ほとんどの部分が加工技術なんです。この部品を何ミクロンで加工するとか、微細加工においては日本の技術が世界でも群を抜いています。
しかしながら本来のモノづくりというのは、加工技術だけではありません。素材だとかデザイン、設計を経て試作があり、量産用の試験を行ない、ようやく量産体制に入ってモノがつくられるわけです。さらに言えば、アフターフォローとかメンテナンスまですべて含めて、モノづくりなのです。
では私たちはどこまでやっているか・・・この全体の中のほんの一部分なんですよね、私たちの仕事は。部分的に絞り込んだ分野だけを追求してきました。それは悪いことではありません。
だけど時代は急速に変化していきました。精度が良くそれなりの工作機械が世に出回り、それを制御するためのソフトウェアも発展していった結果、ある程度の工程においては、日本国内の私たちのような小さな工場に頼らず、コストの安い海外展開もできるような状況になっていったのです。
当然、私たちが海外の国と競争していくためには、従来のやり方では太刀打ちできません。モノづくりの視野をもう少し広げる必要がある、その必要性を強く感じました。そのあたりを見据えた仕事のやり方へとシフトしてきたのが、タイミングとして良かったのかもしれません。
あとは、途中からモノづくりの「市場」を見て仕事をすることに切り替えられたことも、大きな成功要因になっていると思います。
従来、作る側の私たちは、お客さまのニーズだけに特化したモノづくりしかしてきませんでした。だから「市場」なんて意識しなくても、モノが売れたんですよ。だけどご存知のとおり、この図式は崩れてきています。大手企業は次々と海外へ生産拠点をシフトしてきている中、そこを無視して昔からのやり方に固執していては、今の時代、発展はできませんからね。
そこで、早々に「市場」に焦点を当てて、仕事をすることに切り替えたのです。
【続く:2/5】