【増永】 御社独自の制度として興味があるのは、「社長評価制度」の導入ですが、なかなか勇気がいりますよね。
おっしゃるとおりです(笑)。低い評価だったらどうしよう・・・と、始める前は相当悩みました。ところがいざ始めてみると、当初は、けっこう高めの評価だったんですよ。2年目くらいまでは緩やかに右肩上がりだったのが、3年目から下がりはじめ、4年目には支持してくれる人とそうでない人と半々になるぐらいにまで下がりました。
個人的には、3年目以降、何か特別悪いことをしたというわけでもなく、あくまで大きな変化もなくこつこつと積み上げてきたイメージだったのですが・・・だから余計に、何が要因なのか分からなかったんですよ。
● 社長への評価内容は、社内でオープンにはされていたのですか。
毎回、社内で公開はしています。だから当然、私の年々下がっている評価も共有されていました。
ただ、4年目の評価を社内に公開する前に、部門長や労働組合の執行委員たちを呼んで「今年の評価はさらに下がってしまった・・・自分としては一生懸命やってきているつもりだが、一体何がまずいのかな、アドバイスをもらえないだろうか」と、正直に困っていることを伝えて、助言を求めました。
そうしたら、各部署の責任者たちが、こぞって社員から戻ってきた評価表を確認し始めたんです。評価表は匿名での提出になっていますが、所属部署だけは申告する仕組みにしていました。部署ごとに集計されているこれらの評価表の内容は、けっこうばらつきがあったのですが、特に評価を低くしている部署の評価を見たその部門長は、こう言ったんです。
「これ、社長評価にはなっているが、ひょっとしたら部署の責任者である私に対する評価ともとれるかもしれない。社長の想いや考えを直接社員に伝える役割を担っているのは自分なのに、それができていないから、こうした結果を招いてしまっているようにも思う。これらは自分への評価だと捉えて、私自身もさらに頑張るので、社長もぜひ頑張ってほしい」と。
組合の執行部も「社長が社員のことを思って一生懸命経営しているのは、当然分かっています。ただ社長の想いなどを組合員にしっかり伝えきれていなかった、その役目でもある自分たちにも非があると思う。これからはそのあたりも積極的に活動していくので、社長もこの結果に落ち込まずにこれまでと同様に頑張ってほしい」と言ってくれたのです。
予想もしていなかった反応がかえってきたので、驚いたと同時に新たな発見がありました。
これまでは、社長なんだからあまり周りの人間に弱みを見せたらいけない―そう思っていたんです。ところが、本当に困り果てプライドを捨てて相談してみたら、ものすごく温かく心強い言葉をかけてくれた。
「この会社には、本当の仲間がいるんだ。彼らと一緒にまだまだ頑張っていける」、そう思った瞬間でした。
自分の弱みを見せたことで、それまでとは違った関係性を築けることができたのは、私の人生でいくつかある大きなターニングポイントの1つです。そのぐらいインパクトの大きい出来事でした。
ちょうどこの頃から、今掲げている「世界で一番社風のいい会社を目指す」ために、自分なりに考えてきたことを形にできるようになってきたんですね。一緒にやっていける仲間がいることも確信できたし、それなら・・・ということで少しずつ社内に向けて自分の想いを素直に語れるようになっていきました。
● ちなみに翌年以降の社長評価に、変化はあらわれましたか。
5年目以降の評価は見事に変わりましたね。結果を出すことができたので、さらに自分自身の自信につながり、今なお継続しています。現在11年目の評価をお願いしている最中です。
● 社長になられたことで、いろいろと意識されていたことはありましたか。
先代から継承したときは、自分なりに「社長になったら、こういうことをやりたい」ということをあたためていたんです。先ほどの社長評価制度の導入も、その1つでした。だから、実際に社長に就任したときには、「いろいろやってやろう!」とものすごく意気込んでいたわけです(笑)。
だけど、社長に就任してすぐになんでもかんでも急激に変えてしまうと、社歴の長い年配の社員も多くいたので、彼らと何かしら軋轢が発生するのではないかと危惧していたのも事実です。
そのあたりについては父親からも、何度も注意を受けていたんですよ。「あまりやりすぎてはいけない」と。
社長になれば何でもできると思っていたのですが、それでは結局のところ、先ほどの話のように「やらせ」になってしまうんですよね。すでにそれは学んでいたので・・・まずは急激な変化というよりも、じっくり時間をかけてやっていこうと思いました。
社長に就任して2年経ったとき、当時の役員3名が定年を迎えたのです。それを機に、少しずつ自分の理想とする組織に変えていこうと思いました。そういう方向転換があって、気合いを入れつつ少しずつ少しずつ改革を進めようとしていたら・・・評価が悪くなっていったのです(笑)。
● 磯輪社長は4代目ということですが、継承していく際、社内は歓迎ムードになったのでしょうか。
比較的若い人たちであれば、半分くらいの社員は「何か変わるかな」という期待を持ったようです。一方、年配の社員を見ると、「今度はあいつが社長になるらしいが、きっと大変なことになるぞ」という噂が流れていたようでしたので、あまり好意的には見られていなかったと思います。むしろ、警戒されていたという表現がふさわしいかもしれません。
振り返ってみれば、最初の1,2年の評価が思いのほか良かったというのは、「想像していたほどの急激な変化はなかった」とか、「このぐらいであればまあまあいいんじゃないか」・・・ある意味、保守的な雰囲気があったのかもしれませんね。そういう安堵感のようなものが、評価にあらわれていたようにも思います。
だけど3年目くらいから、「いよいよ無茶を言い出した」と、それぞれが抱いていた想いに対する裏切りのようなものが、評価にあらわれて下がっていったんでしょうね。
【続く:3/5】