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【増永】 御社は、「気楽にまじめな話ができる、世界で一番社風のいい会社」を目指すことを掲げられていますが、ぜひこのあたりについて教えてください。
ここに至るまでには、大きな風土改革が必要でした。まず私の父が経営をしていた頃の様子をお話しますね。
父は、カリスマ性があるというタイプではなくて、普段から社員の話を聞くタイプだったんです。だけど一方で、開発においては自分が先頭に立っていくべきだという意識で経営をしていたので、その点に関してはトップダウン形式でした。
また父は、海外輸出ビジネスにおいても、わざわざ自分が現地に赴いていくというスタイルでした。
本社が移転したときも、海外部隊だけは自宅近くの元の場所に残しました。その結果、父は起床するとまずはその海外部隊のある事務所に出社。当時はまだメールはありませんでしたから、一晩のあいだに大量に届いた最初はテレックス、後にFAXに朝から目を通していました。
ひととおり目を通したところで、大事なものについては抜き出して指示をメモします。そして、担当者の机に置き、その後出社した社員がそれらを見てメモ書きのとおり動く。日々これが繰り返されていたので、悪く言えば社員は自分で考える機会もなく、社長から指示されたことをそのまま行なう―という仕組みのもと動いていました。
しかしながら、当たり前に続けてきたこの指示どおりに働くスタイルは、効率的ではあるが、最良とは言えません。「必要な時に、社長の指示どおり動けることは大事だが、いつもそればかりというのは問題です。社員だって、ひょっとしたら『本当は社長の言ってることって間違っているんじゃないか』など、もっと違う意見・考え方もあるのではないか」、そう思うようになりました。
このままでは、誰も自分で考える習慣を持たず、自分の答えを持たないまま、「捌く」だけで会社が進んでしまう。これではさすがに、会社としての成長性を考えると良くないな、と強く感じたのです。
分かりやすく言えば、社員の活力を感じられるような社風ではありませんでした。ここをどうにか変えていきたいと思ったのです。
● そして風土改革に乗り出されたのですね。
厳密に言えば、私がこの会社に入社したときから、いつか変えなければ・・・という想いは持っていたのです。何度か実行したこともありましたが、いずれもアプローチの仕方が中途半端だったようで、本当の意味での風土改革にはつながりませんでした。
思うように成果は出ないし、成果が出ないから状況も変わらなくて社員のやる気の向上も見られない。「何がいけないのだろう、どうすればいいのだろう」ということを、1人ずっと思い悩んでいました。
いち早く取りかかるためにも、セミナーに行ったり、本を読んだり、実際に他の会社を見学させてもらうなどして、そこから得たものをそのままISOWAに取り込んだこともありました。
当時、社員の能力に応じて資格を付与し、それを賃金に反映させるという、「職能資格制度」というのが流行っていたんですね。そこで、ISOWAでもこの制度を導入すれば、社員のモチベーションも上がるのではないかと考えたのです。
じゃあ、ゼロからどうやって導入していこう・・・今思えば非常にいい加減な話ですが、上場企業の労働組合が実際に使っていた書類をもらい、社名の部分をすべて「ISOWA」に変えただけの職能資格制度を打ち出したのです。参考にするどころか、丸々そのまま利用しました(笑)。
当時の私は、とにかくどこかの企業が取り入れていること、良いといわれていることを自社に持ち込めば、それだけで会社が変わる―ただ単純にそう思っていたのです。
そんなとき、スコラ・コンサルトというコンサルティング会社の柴田昌治さんの著書『なぜ会社は変われないのか』を、会社の役員に勧められて読んだのです。これが、今の風土改革のきっかけとなりました。
この本を読んだとき、これまで他社の真似ばかりをして、制度を取り入れたことで満足していたやり方が「こうじゃないんだ、目に見える部分だけを変えても、それは全体の10%ほどしかない。本来変えなければならないのは、水面下にある見えない部分であり、ここの改善に時間をかけないかぎり、会社は絶対に変われない」―そう強く感じました。
そして、本を読んでもう1つの気付きがあったのです。当然の話でもありますが、これまで自分がやってきたことは、すべて「やらせ」だったということ。
もちろん、私自身は最初からそういうつもりでやってきてはいません。ただただ、社員の自主性などを重んじた会社にしていきたい・・・という一心でやってきたのです。しかしながら結果として、社員にとっては「彼が言っているから、やらなければならない」「社長の息子が言っているんだ、仕方ない」という思考になっていたわけです。
私が意図していたことは、まったく社員には伝わっていませんでした。社員の自主性を尊重して、さまざまな改善活動をしていこうと思っていたのに・・・単純にやり方が間違っていたことに遅まきながら気付かされたのです。
社員にとっては「やらされている感」があったので、そこを抜け出せないかぎり、会社は変われない。つまりは、社員一人ひとりが心の底から「会社を変えたい」という気持ちにならない限り、それは実現できないということを痛感しました。
これらに気付いたとき、正直、非常にショックを受けましたね。私がやってきたことがすべて、否定されたも同然でしたから。今になって考えてみれば、当然ではあるんですけどね(笑)。
1998年に柴田さんの著書と出会い、それを機に彼から直接いろいろとアドバイスをもらうようになりました。そして、私が社長に就任した年が会社の80周年にあたったので、記念講演として柴田さんに登壇してもらいました。ここから徐々に、社内風土の改革に乗り出したのです。それも深く静かに潜行しながら(笑)。
● そうして始まったのが、「会社の文句を言う会」ですね。
そうです、柴田さんの講演会後、その話に感銘を受けた社員が多く、「柴田さんを囲む会」というのを開催したりもしました。そのスピンオフのような感じで、気楽に自由に意見を出し合えるような場をつくっていこう―という意見が出るよう、やらせにならない範囲ギリギリで社内で仕掛けました(笑)。
そして数人の有志が集まりできたのが、「会社の文句を言う会」。といっても、最初からそれを意図していた訳じゃなくって、正確には「会社の文句を言う会になってしまった会」です。いつの間にかそういう内容になっていったようです。
当然、私自身はこの会には参加していませんし、定時後ミーティング、つまり文字通りオフサイト・ミーティングなので議事録もない活動ですから、詳細はよく分からなかったのですが・・・後日談としていろいろ聞いてみると、終始、会社に対する文句、不平不満などを喋っていたそうです。しかも、そんな会が数ヶ月も続いていました(笑)。
では、ここからどうやって前向きな改革に転換していったのか、きっと不思議に思われているかもしれませんね・・・だけど残念ながら、当人たちも何がきっかけなのか今となっては正確に憶えていないそうです。
ただ、そうした会議が数ヶ月続くことで、「文句を言い疲れた。このまま言い続けても、仕方がない」「社長も上司も頼りないから、自分たちでやらないと会社はだめになるかもしれない」と、自分たちのモードが切り替わったようです。そこから一気に、「自分たちで会社を変えていこう」と前向きな思考になっていきました。
【続く:2/5】
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