【増永】 高橋社長はどのような基準でお醤油屋さんを選ばれているのですか。
最初の頃は昔ながらの作り方・・・国産大豆を使って木桶で仕込んでいるというところにプレミア感を感じていたので、そういうお醤油屋さんを中心に注目していました。ところが今では、作り手を見て選んでいるというのがあります。
私自身がその作り手―職人さんを好きになれるかどうか。その人たちとずっとお付き合いをしていきたいと思えるかどうかが、判断基準であり決め手なのです。
一見、私の勝手のようにも聞こえるかもしれませんが、この基準は間違っていないとはっきり言えます。たとえば私自身が「この職人さんは素晴らしいな」と思えるところのお醤油は、お客さまの反応も必ず良いのです。
それから、お醤油の蔵からも「お醤油の良さ」を感じることができるんですよ。足を踏み入れて辺りを見渡すだけで、良いお醤油が作られていることがある程度分かるようになります。
まず一番分かりやすいのが、蔵の清潔さ。醸造で作っているので、つまりは菌の腐敗であり、素人が見たら汚いんですよ。そんな中、良いお醤油屋さんというのは、掃除用具まですべてきれいに整理整頓されている。そういうところは間違いなく、美味しいお醤油を作っています。
細かなところにまで配慮できるというのは、お醤油の管理も絶対にしっかりしているはずで、信頼できるのです。お醤油は、手を加えすぎても加えなさ過ぎてもいけなくて、日々の管理がとても難しく、それが味に直接つながってきます。ですから、お醤油を含めそれが作られる環境までも重要だと私は認識しているんです。だからこそ、そこまで徹底されているお醤油屋さんには、各所にその配慮があらわれているように感じます。
● 高橋社長が蔵を見てまわる際、必ずされていることはどのようなことですか。
まず蔵の香りを嗅ぎます。良い香りがしていれば、先ほど申し上げたとおり間違いなく良い管理をしていると思うんです。そして周りの箇所を見てみると、やっぱりきれいにされていると。これはほぼ確実ですよ。
● では、高橋社長が尊敬されている方を教えてください。
糸井重里さんになります。彼の考え方やウェブサイトでの商品展開、あらゆることがナチュラルなんだけど、きちんと芯があって多くのファンを惹きつけている。糸井さん自身が情報の発信元となり、つくり手や使い手をうまく繋いでいるように思うんです。その仕組みはそう簡単に真似できるものではないので、本当に素晴らしいですし、私が目指すべきところにも近いように感じます。
● 好きな本はありますか。
学生のときに読んだ『
7つの習慣』です。一番印象に残っているのは、「影響の輪」の話。要は自分が影響を及ぼせる、コントロールできる範囲に集中していきましょうという考え方です。学生のときに読んで初めてその考え方に触れたわけですが、それ以来ずっと自分の中に残っている内容でもあります。
● 好きな言葉はございますか。
「量をこなすことが質につながっていく」です。これはキーエンス時代に使っていた言葉になりますが、ある程度のことはこの言葉どおりだと思います。だから今の事業を始めるときも、まずは絶対に30軒まわろう―と自然に思えたし、キーエンスの営業時代にも体感していました。
特に、営業活動でいまいち成果があらわれないとき、とにかく量をこなしていこうと自分に言い聞かせていたこともありましたね。そうすれば、絶対に良くなる。そう自己暗示をかけていました。すると不思議と小さな良いことが起きて、それをきっかけにいろいろなことが好転し始めていく感覚を十分に体感したんです。
営業時代、後輩にもよく説いていました(笑)。頭の良い人間は効率よく営業をしたがる傾向があったので、そういう彼には最初はまず「とにかく絶対にボリュームだぞ」と繰り返し言っていました。そのボリュームをこなした後に、自然と効率化する方法が見えてくるものだと思います。
● 最後に今後のビジョンを教えてください。
現在行なっているお醤油販売については、自分の中で第1プロジェクトという位置づけになっています。将来的に展開していきたいのは、町づくりなのです。
実際に地方のお醤油屋さんに行ってみると分かるのが、お醤油屋さん単体での将来的な成功は、残念ながらほぼ皆無であるということ。お醤油屋さん単体ではなく、そこも含めた地域で活性化していかないと、伝統産業や地域産業はこのままでは廃れてしまうと思うんです。
それを防ぐために必要なことは、一体なんなのか―「若い人間が入り込むこと」だと私は感じています。
地方の元気なお醤油屋さんには、必ず若い人がいるんです。アルバイトであれ、蔵に若い人がいるだけで活気があるように感じられ、私のような外部の人間が一歩足を踏み入れた瞬間に、「ここは元気があるな」と感じます。しかし逆の場合は、「何か元気がないな」とはっきりと分かるんです。
● 印象的な出来事などはございますか。
岐阜県のお醤油屋さんでの出会いは、印象的ですね。アパレルメーカーに勤め、退職後は海外放浪をし、その後岐阜県の蔵に入った若い人がいます。彼は私より1つ年下で、その蔵に行ったときに社長さんが、「きっと気が合うんじゃないか」という計らいのもと、私は彼と話をする機会を得ました。
彼に、なぜこの蔵に入ったのか聞いてみたところ、「醤油を仕込む2メートルにも及ぶ桶を見て、感動したんです」と答えました。海外を旅していたとき、やっぱり日本はいいな―そう思ったんだそうです。そうして地元に帰り、その大きな桶を見たときに感動を覚え、何かやりたい、と思った。
と言いつつも、「でも実際、何をしたらいいんですかね」って私に聞いてきたんですよ(笑)。「その感動した感覚は、きっと他の人も同じように感じるはずだよ」と私が言ったら、「じゃあ、まずたくさんの人に蔵を見学してもらおう。幸い、岐阜城の近くで観光客もたくさんいるから、その人たちを蔵に誘導できるようにしていきたい」となりました。
ところがその彼の考えは、長年、蔵で働いている職人さんからは大反対を受けたそうです。職人さんの言い分としては、蔵のことやお醤油のことをよく知らない人がたくさんやってきたら、何をされるか分からない―そんな不安があったのです。その言い分も、わかりますよね。
ただ社長さんが、「とりあえず1度、試してみよう」と言ってくれて、彼の提案が実現されました。そうしたら、予想以上にお客さまがやってきて、「お醤油はこうやって作るのか、美味しいね」と大好評だったそうです。
そんなお客さまの声を聞いた職人さんは、ものすごくテンションが上がり、これまでひっそりと作ってきたものが目の前で「美味しい」と褒められるという初めての体験をしました。それはとても大きな衝撃だったらしく、今では普段絶対にしないような、レジ打ちまで自ら進んでやっているらしいです(笑)。
その蔵の社長さん曰く、「この変化が一番大きかった」と話されています。おそらく同じことを、外部の若い人間が「こういう感じでやればいいと思いますよ」とコンサル的にアドバイスしていたとしたら、絶対に実現もできなかっただろうし、成功もしなかったと思うんです。
なかの人間が、本当に必要なものは何だろう・・・と当事者意識を持って真剣に考えたことが大きかったと思います。それを実際に見て、地域産業・伝統産業の活発化には、若い人間が入っていくべきだと私は思うのです。
実現するためには、まずは若い人間がそのコミュニティに入れるような仕組みを作っていかなければなりません。そこが私のミッションでもあり、町づくり・地域づくりに関わっていきたいという想いにつながります。
ちなみに、「町づくりに必要なものは三者ある」と言われているんです。その土地にいる頑固親父みたいな人と若い人、そしてよそ者になります。これでいけば、よそ者については私が常にその立場となり、若い人を町や地域に送り込めるようなスタンスでいたいと思っているんです。
ただ1つ注意しなければならないのは、コンサルタントには絶対にならない、なりたくないということ。先ほどの岐阜のお醤油屋さんとの関係がまさにそうなんですが、取引をするのではなくて、「一緒にやりましょう」というスタンスで、ゆっくり規模拡大をしていきたいと思っています。
【完:5/5】
次号:株式会社カーセブンディベロプメント 代表取締役社長 井上 貴之 氏