【増永】 出雲社長の好きな本を教えてください。
実話に基づいた話でもある、
『ロケットボーイズ』という1冊を挙げます。著者のホーマー・ヒッカム・ジュニアは炭鉱育ちなのですが、当時は高校を卒業後はそのまま炭鉱で働いて、その町で暮らしていくというのが当たり前のような時代でした。
ところが彼は、将来ロケット技術者になるという志を持つようになったのです。両親も学校の先生もみんな大反対。しかし後に彼は、NASAの技術者となり、ロケット工学のエンジニアになっています。
私はアメリカの大学に留学していたことがあるのですが、そのときの最後の授業のテキストが、この『ロケットボーイズ』だったのです。
その授業では、「このストーリーでは両親が大反対をしていますが、あなたたちが自分自身でビジネスをするときに親に反対を受けたという経験のある方はいますか?もしいれば、それを今、このクラスでシェアしてください」と授業を行なっていたティモンズ先生が言ったのです。
数人による発表の後、次の課題が出されました。ストーリー上では主人公が高校の友人と、自分たちの作ったロケットを打ち上げるんですね。だけどそのロケットが山に落下して、その山は山火事を起こします。すると警察や消防の人たちが学校に押し入り、「こんなロケットをつくったせいで、山火事が起きたんだ。誰がやったんだ」となるわけです。主人公は校長先生に呼び出され、「もう2度とこんなことをするな」と念を押されました。
この内容を受けて、ティモンズ先生は「今までベンチャービジネスを始めるときに、学校の校長先生や警察、消防、あるいは国の機関などに反対された体験のある人は、それをシェアしましょう」と。そこでまた同じような体験を持つ生徒が数人話しました。
本の内容に戻ると、結局、先ほどの山火事の件についてはロケットが原因ではなかったことが判明するのですが、その事実は彼らが科学的に証明していったんです。
それから彼は、全米高校生科学コンテストに州代表として参加することになったのですが、また周りに反対を受けます。だけど母親と学校の先生一人が応援してくれて、コンテストに参加できました。その内容を受けて、またティモンズ先生が私たちにテーマを出すわけです。「今、あなたたちがベンチャービジネスを立ち上げたことで、親とはどのようにリレーションをとっていますか」と。そうしてまた、何人かがシェアをするのです。
こうして、本のストーリーをもとに授業が展開されました。ロケットを通じて、私たちは起業家になるのはロケット技術者になるのと同じくらい厳しくて、要所要所にさまざまなハードルがあることを知らされ、それでもその困難を超えた実例もあることを教えてくれました。
ティモンズ先生は、「私の意図をみんなが理解してくれたら嬉しいです」と最後に言われたのですが、この本自体、私は始めて知ったのでとても印象に残っているのです。当時は原書しか見ていなかったので、100%理解はできていませんでした。帰国後、日本語訳の内容を読み、ロケットもミドリムシも同じで、ものすごく大変な環境の中、意志を貫いて頑張ることの厳しさと重要さを改めて感じました。
だからこそ、自分も何かやらなければならない―そういう強い気持ちを奮い立たせてくれる1冊なのです。
● 好きな言葉はありますか。
「昨日の不可能を、今日可能にする」という言葉です。これには、もととなる言葉があります。
「今日の不可能は、明日可能となる」―またロケットの話になるのですが、世界で初めて宇宙ステーションを考案したのが、ロシアのコンスタンチン・チオルコフスキーという研究者であり、これは彼の言葉になります。
彼は、現代ロケット工学の基礎的理論の構築もしており、「ロケット工学の父」とも呼ばれている人物です。この言葉は、バイコヌール宇宙基地というロシアのロケット発射場に刻まれているそうです。この言葉を知ったとき、ものすごく感動した記憶があります。
しかし、言葉どおり「明日」が保証されていれば「今日の不可能は、明日可能となる」のでしょうけれど、もし今日死んでしまったらどうしよう・・・という私の思いもあり、この言葉から「昨日の不可能を、今日可能にする」と変換して、今でも大切にしているのです。
● 尊敬する人物はいらっしゃいますか。
『ロケットボーイズ』を用いて授業をしてくれた、ジェフリー・ティモンズ先生ですね。彼はアメリカのボブソン大学の教授だったのですが、年俸1ドルでご自身でもベンチャー企業を5社ほど立ち上げ、すべて成功を収めています。
自宅にはテニスコートやプールなんかもあって、これ以上のお金は要らないと。だけど、起業家を育てたいという想いはとても強かったのです。大学からも給料をもらわずに授業を開講、亡くなられる直前まで教えていました。
● そうしましたら、最後に御社のビジョンを教えてください。
2005年8月に当社はスタートして、12年おきにビジョン、目標を達成することを掲げています。
次の2017年までには、ミドリムシの活用で2つ。ひとつは人々を健康にすること。もうひとつは地球を健康にすることです。日本で何百人、何千人、何万人の方々にミドリムシで健康になっていただきたい。そしてミドリムシから抽出した油を利用して、トラックを動かしたり飛行機を飛ばしたり・・・発電所から排出される二酸化炭素を減らすことも、2018年までに達成したいですね。
これらを実現することで、「ミドリムシはここまで自分たちに役立つのか」という認知度を高めていきます。
そして2018年から2030年までの次の12年間では、日本から海外へと活動の場を拡げていくこと。そうしないと、そもそも私が今こうしていることのきっかけでもある、約10億人もいる十分な栄養を摂取できていない人々に、ミドリムシを活用した食品から栄養素を摂ってもらい元気になってもらう―という夢を実現できません。
これを実現するため、そして海外の発電所などからも二酸化炭素が大量に発生しているので、それらを削減するためにもミドリムシの活躍の場を拡げていきます。
余談ですが、ここ最近の台風の大型化や海水温度の上昇は二酸化炭素の増加が要因のひとつでもあります。たとえば、海水温度が1度変わるだけで、その水圏で生活している魚の種類は大きく変わるのです。チリで100年に渡ってイワシ漁をして生活してきたというのに、今ではイワシが獲れなくなっているという問題も起きています。
同様に日本の沿海部でも変化が少しずつあらわれているんですよ。たった1度海水温が変わるだけで、魚は全然違うところに行ってしまいます。これ以上影響が大きくなる前に、早く海外の発電所から出ている二酸化炭素をミドリムシで削減して、世界中にクリーンなバイオ燃料を使った飛行機が飛ぶ―そんなエコ社会を作っていきたいです。
2018年までにはミドリムシの素晴らしさや威力を実現し、次の12年に海外へとつなげていきたいと思っています。
【完:5/5】
次号:株式会社伝統デザイン工房 代表取締役 高橋 万太郎 氏