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Today's President

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2007年10月31日 vol.619

株式会社ナルミヤ・インターナショナル 代表取締役社長
成宮 雄三 氏

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起業家物語

『起業家物語』は発行者: 増永 寛之の体験に基づいたストーリーです。26歳で大企業を退職し、ベンチャー経営の世界に飛び込みました。全く経験の無い社長業、インターネットビジネスという異業種への参入などでさまざまな困難に遭遇しました。同世代の若い人たちにも是非、自分のやりたいことに勇気を持って挑戦していただきたいという想いを込めて綴っています。

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 第85話 2007年7月25日

シリコンバレーへ



「ビットバレー」というムーブメントは、以前から日本の中でも渋谷にインターネットビジネスが集積していることに注目していたネットイヤー社の小池聡氏とネットエイジ社の西川潔氏が発案して始まったといわれています。当時、渋谷もシリコンバレーのように谷=Valleyになっていることから、渋谷を直訳して「Bitter Valley」と命名されました。

 

小池聡 ― 現・ngi group(東証マザーズ上場)の代表執行役社長CEO。1999年に東京・渋谷の「ビットバレー」を西川氏と共に提唱した。これまでネットベンチャーの支援を続けてきたが、2007年5月に社名をngi groupに変更すると発表し、直接的なネットビジネス以外に事業領域を広げるほか、活動の舞台も中国やベトナムに軸足を移す。

 

1999年3月には松山太河氏達によりこの構想に賛同するメンバーからなる情報交換用メーリングリストも誕生し、そこでBitter Valleyのネーミングについて議論が交わされることになります。結果、Bitterには英語で「つらい」「悲痛な」などのネガティブな意味があることから、『Bit Valley』(以下、ビットバレー)という名称にすることがメーリングリスト上で決まりました。以後このメーリングリストはビットバレーの盛り上がりを象徴するメーリングリストとなったのでした。

私が1999年10月7日に参加したパーティー『Bit Style』(以下、ビットスタイル)は、そのビットバレーのオフラインパーティーでした。このビットスタイルは当初、「Bitな飲み会」と銘打った飲み会だったそうです。ところが、開催するたびに参加者がどんどん増えてきたため、1999年8月からはニューヨーク・シリコンアレーにあったNYNMA(New York New Media Association:2003年12月19日に閉鎖)が行うネットワーキングパーティー「Cyber Suds」をモデルとして、海外の人でも覚えやすい『Bit Style』と名前を改め、毎月第1週の木曜日に開催されることになったのです。

ビットスタイルの参加者は、起業家、ベンチャーキャピタリスト、学生、行員、大企業社員、公認会計士、クリエーターなど実に様々で、このパーティーの出会いがきっかけとなり、事業提携やリクルーティングなどのビジネスチャンスが実際に生まれました。その参加者は、1999年10月には570人、同年11月には800人と増加を続けました。

 

そんなビットスタイルが1999年12月2日にも開かれました。この頃の私は「すべての会に参加する」と決め、毎月第1木曜日の夜は予定を入れないようにしていました。

 

「増永君、12月のビットスタイルには大和証券の副社長がお忍びで参加するからご案内するように」

 

なんと内々に、渋谷支店に勤務する新卒一年生であった私のもとへ「副社長のアテンドをせよ」という連絡が入ったのです。ビットバレーを社内で最もよく知っている人間の一人として、副社長の耳に名前が通っていたようです。

その使命を与えられた私は大喜びでした。

 

「これまた凄いチャンスが降ってきたものだ」

 

万一、テレアポばかりしていたら決して巡ってくることはなかった機会です。

 

「役員レベルと会うチャンスを得る手段というのは、成績を上げるだけではないのだな」

 

おそらく、成績だけを重視していたのであれば、このようなお話など10年くらいは全くなかったでしょう。このとき学んだことは「成功の秘訣は人の行くところを見つけだして、そこに一番乗りすることだ」ということです。

 

成功の秘訣は人の行くところを見つけだして、そこに一番乗りすることだ。
(マーク・トウェイン)

 

この12月のビットスタイルも、前月のビットスタイルを越える盛り上がりを見せていました。そこにはなんと、東京都知事である石原慎太郎氏の姿までがあったのです。

 

「ビットバレーをテーマとした書籍『ビットバレーの躍動』(仮名)を早く出版しなければならない。この本をビットバレーやネットベンチャーを語る上での歴史的文献にしなければならない。そのためには・・・」

 

私はこのように考え、「このテーマに関する書籍としては一番に出版すること」「その中身に信憑性があること」、そして三つ目として「あの出版が歴史を変えたといわれること」を目指して取り組んでいました。

その後、結果的にはビットバレーに関する書籍として最初にして唯一(?)の書籍となったと思います。中身にも自分なりには満足のいくものができました。しかし、3つ目の「歴史を変えた」といわれるまでには、程遠いものだったと思います。とはいえ、少なくとも私個人の歴史を変えてはくれましたが。

 

副社長のアテンドをしながら、その『ビットバレーの躍動』の取材候補探しもこなし、パーティーが終わりました。

 

「ふー、終わった。次はシリコンバーか」

 

私は、その翌日である12月3日(金)から一週間の有給休暇を申請していました。理由は、アメリカ・シリコンバレーへ取材に向かうためでした。

 

★ ★ ★ ★ ★

 

1999年12月3日の米国時間9時55分、私はサンフランシスコの空港に降り立ちました。

 

「大学院時代以来だ」

 

私はこの2年ほど前にも「語学留学」と称してサンフランシスコに1ヶ月ほど滞在していました。まさかその頃からネットブームがアメリカで沸き起こっていたことなど、全く気づきもしませんでした。

 

「しかし、疲れたな」

 

『ビットバレーの躍動』を出版するというeBookプロジェクトのメンバーたちは、前日のビットスタイルの取材を終えた後すぐに飛行機に飛び乗り、シリコンバレーでの取材を敢行しました。

 

「ビットバレーのことを語るためには、まず本家のシリコンバレーを知る必要があるのではないですか」

 

私のこの提案に、日経関連企業の専務を務める青井さん(仮名:日本経済新聞社のグループ企業の専務取締役)が乗ってくださいました。これにより、日経関連企業の経費によるシリコンバレー取材企画が実現したのです。つまり、有難いことに私の旅費は日経関連企業持ちとなったわけです。

 

シリコンバレー取材ツアーの初日は、その玄関口とも言えるサンフランシスコで松谷(仮名)さんとお会いすることになっていました。

 

松谷さんは日本企業に勤めている方だったのですが、その企業のサンフランシスコ支社の駐在員としてご活躍されていました。松谷さんは、ここサンフランシスコの優れたソフトウエアを発掘し、日本後にローカライズして日本に持ってくるのが仕事でした。

サンフランシスコはもともとゴールドラッシュでできた街で、かつて49ers(フォーティーナイナーズ)と呼ばれる人たちが、一攫千金を夢見て金を堀りに世界中から集まってきました。松谷さんによるとベンチャー企業は49ersであり、彼らに成功するための道具や情報を提供してサポートしたものが最終的には勝利するとのことでした。このサポート側に回って成功した人たちを「トールキーパー(料金徴収者)」と位置づけ、ゆっくりだが確実に料金を受け取る事業を考えなければならないというのです。これはある意味で、ゴールドラッシュ時のリーバイス(ジーンズを提供)に似ています。

 

翌日は、シリコンバレーに向かいました。この日のメインイベントは、その夜に開催を予定していた「オフ会@シリコンバレー」でした。

ちなみに「オフ会」とは、「Off-Line Meeting(オフラインミーティング)」の略称で、ネット上で知り合った人たちが、実際に集まって行なう会合のことです。ネットワーク上を「オンライン」と呼ぶのに対し、現実世界を「オフライン」と呼んでいます。どちらかというと気軽な感じで集まる傾向にあると思われます。

 

シリコンバレー取材が決まった後、私はビットバレーのメーリングリストへ次のような内容のメールを投稿しました。

 

『件名:ビットバレーのメーリングリストに参加しているシリコンバレーの皆様へ』

折り入ってお願いがございます。実は、12月4日から7日の間、シリコンバレーにご滞在中の皆様を取材しに行きたいと考えております。ビットバレーのMLを拝見し、我々も皆様方を取材したくなったのです。しかしながら、シリコンバレーにおいて、皆様方が具体的にどのような形でオフ会をやっているのか、また、どのようなメンバーが集まっているのか、どの程度ビットバレーに興味をお持ちなのか想像がつきません。つきましては、一度メールをいただけないでしょうか。おそらく、今回のメールをご覧になった方以外にもシリコンバレーで活躍されているビットバレーに興味のある方がいらっしゃるのではないかと思います。そのような方もお誘いくださいませ。

重ねて、お尋ねしたいこと、お願いしたいことを箇条書きにさせていただきます。

●お尋ねしたいこと
・シリコンバレーのオフ会の様子。参加メンバーの規模
・ビットバレーとのかかわり方
・ここ数年のシリコンバレーの様子
・アメリカのネットベンチャーについて

●お願いしたいこと
・我々が取材にいっている期間に、オフ会を開いていただけないでしょうか
・通訳、案内・・・シリコンバレーに行くのは初めてですので通訳・案内をしていただけないでしょうか。(あるいは、その様な方を紹介していただけないでしょうか)
・シリコンバレーで活躍しているホットなネット系企業を紹介していただけないでしょうか。

 お願いが多くて申し訳ございませんが、とりあえず、返信だけでもいただければ幸いです。

我々は、11月4日のビットスタイルから取材活動に入っております。また、来週中にはより詳しくビットバレーのメーリングリスト上で発表したいと考えております。12月2日のビットスタイルを取材したあと、3日からシリコンバレーに向かいます。書籍の発売は3月ごろを予定しています。何卒、宜しくお願いいたします。

 

このメールに応えてくださった皆様と食事を共にしながら、現地の様子を取材させてもらう予定だったわけです。

実際、この「オフ会@シリコンバレー」には10名近い人たちが参加してくださいました。その中には、日本に帰ってきてからもご縁が続いた方もいます。

 

「増永さん、あのオフ会で人生が変わりましたよ」

 

そう言っていたのは、このオフ会に参加した2年後に、日本を代表する大手企業を辞めてベンチャー企業に転職された跡部(仮名)さんです。跡部さんは当時、シリコンバレーではなく、ニューヨークのシリコンアレーに駐在していました。ところが、私がメーリングリストに流したメールを読んで、今回のオフ会のためにわざわざ東海岸から西海岸までいらしたのです。

 

跡部さんによると、マンハッタンのダウンタウンのシリコンアレー地域では、ビットバレーで起こっていることと極めて近いうねりが、1995年あたりから始まっていたそうです。そして、そのうねりが、実際にNASDAQへのIPOラッシュとなってベンチャー企業に成長を促す資金を与えました。

 

「アメリカで起こったことは、数年後に日本でも起こる」

 

こういった現象を利用してビジネスチャンスをつかむ経営を「タイムマシン経営」と呼ぶことがあります。日本は幸か不幸かアメリカよりも遅れている面があるため、アメリカの情報を早くつかんで、日本で実現させて勝つという経営手法を駆使する経営者も現れました。おそらく、インターネットとその後のブログ等の普及のおかげで、アメリカの最新情報をつかむことは、以前よりも難しくはなくなりました。よく「世間は狭い」といいますが、世界は急速により狭くなっているような印象を受けます。こうなってくると、タイムマシン経営を続けるのはなかなか難しくなりつつある気がします。

 

渡米3日目となる12月5日は、終日スタンフォード大学周辺を見学していました。

スタンフォード大学は、まさにシリコンバレーの中心地といってよいでしょう。同大学の出身者たちが有名ハイテクベンチャーを次々と興し、そして成功に導いているのですから。たとえば、Yahoo!のジェリー・ヤン氏とデビット・ファイロ、Googleのラリー・ペイジ氏とサーゲイ・ブリン氏たちは特に有名です。

 

ビジネスとは全く関係のないことですが、スタンフォード大学のキャンパスに足を踏み入れて驚いたことが二つありました。ひとつは、リスが多かったこと、もう一つは大和証券グループのベンチャーキャピタルの人たちが数名で見学に訪れていたことです。後者の中には何人か知り合いもいて、お互い「なんであなたたちが!」と言って目を丸くしました。世間は狭すぎます。

 

それから、スタンフォード大学のすぐそばには「スタンフォード・ショッピング・センター」があります。日本へのお土産を買おうと思って訪れたのですが、ここで私は初めて、かの有名な高級デパート「ノード・ストローム」に入りました。このノード・ストロームの経営はマーケティングを専攻するものであれば、きっとよく知っていると思います。私は大学院時代に『サービスが伝説になる時』(ベッツィ・A. サンダース (著))という本を読んで感銘を受けました。同著に書かれているエッセンスは、私が起業した後も大いに参考にさせていただいています。

あと、2005年9月に日本に上陸した「バナナ・リパブリック」というファッションブランドも、ここスタンフォード・ショッピング・センターで見つけました。アメリカで人気であるということがガイドブックでも紹介されていましたので、私はここでバッグを買って日本に持って帰ったのでした。

 

さて、ビジネスの話に戻ると、シリコンバレーの発展はこのスタンフォード大学とその優秀な学生たちが創ったベンチャー企業との「産学連携」によるところが大きいようです。さらに、ここには有力なベンチャーキャピタルが存在し、巨額の創業資金や成長資金を供給し続けています。日本でもそんなスタンフォード大学の取り組みをお手本にしようとしている大学もありますが、やはりシリコンバレーほどには盛り上がっていません。ビットバレーが盛り上がった頃には、この「産学連携」の話も盛り上がっていましたが、あまり実を結んだという話が聞こえてこないのが残念でなりません。

 

「これが、スタンフォード大学で見る夕日か。きっと同じ夕日をたくさんの起業家たちが眺めていたんだろうな」

 

スタンフォード大学の正門の周りの広大な芝生の上に寝転んで、私はその美しい夕日を目に焼付けてきました。

 

★ ★ ★ ★ ★

 

その翌日の夜、私は当時「eGain」というNASDAQに上場を果たした直後のハイテクベンチャーに勤めていた井手敏和氏(以下、井手さん)とお会いすることができました。

 

井手敏和氏 ― LBA(ロハス・ビジネス・アライアンス)の共同代表。14年間、シリコンバレーでソフト開発者として活動。帰国後、音楽・映像制作会社の経営に関わる。アメリカ滞在中からヨガ、マクロビオティック、オーガニックなどLOHASな生活を実践。セミナーや講演会、プロデュース、企業コンサルティングなどを通し LOHASを広める活動を行う。著作:『いきいきロハスライフ!』『ロハスライフのすごし方〜Simply Natural Living Guide〜』(ゴマブックス)

 

井手さんは、20代にプロミュージシャンとしてデビューし、シンセや多重録音を通してコンピューターに出会います。1987年に渡米した後、シリコンバレーで音楽制作ソフトを開発、世界的大ヒットを生み出しました。

2000年に日本に帰国。アメリカ滞在中からヨガ、マクロビオティック、オーガニックなどLOHASな生活を実践し続けていたこともあり、現在はLBA(ロハス・ビジネス・アライアンス)を立ち上げ、その共同代表として活動されておられます。今や、シリコンバレーはソーラーバレーとも呼ばれるようになってきており、アメリカではロハス分野での新規事業が急成長しています。これを受けて、井手さんは「ビット」から「グリーン」へのパラダイムシフトを先導しています。

 

「夜、サニーベールのeGainオフィスで待ち合わせしましょう」

 

私がまだ日本にいる間に井手さんと交わしたメールで、このような約束をしていました。そして、約束どおりeGainのオフィスを私たちが訪れると、さわやかな笑顔で井手さんが迎えてくださいました。

 

「では、Palo Alto のダウンタウンの『Il Fornaio』というレストランを予約しておきましたので、そこで食事をしましょう」

 

そのレストラン「Il Fornaio」では、シリコンバレーの有力ベンチャーキャピタルのキャピタリストたちとハイテクベンチャーを立ち上げたばかりの起業家たちが、実際に「ブレックファストミーティング」を行っているそうです。このミーティングでは、投資家と起業家が直接会って、プレゼンをし、そして投資家は自分の意見を起業家にぶつけます。

 

「朝食をとりながらのプレゼンって聞くと、なんだか熱いですね」

 

朝、日本人が眠そうな顔で満員電車に揺られながら職場に向かうのとは正反対のようなシリコンバレーの熱気を、ここ「Il Fornaio」の賑わいや井手さんの話から得ることができました。

 

1999年12月7日午前11時、私は再びサンフランシスコの空港にいました。

 

「短い滞在だったけれども、本場の空気を吸えたことは大きかったな」

 

そして、私は思いました。

 

「次にシリコンバレーに来るときには、自分も起業家でありたい」

 

取材を終えた一行は、午前11時40分の飛行機でサンフランシスコを飛び立ち、日本に向かいました。

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お知らせ

09/21/2007

『宇宙一愛される経営』を発売

宇宙一愛される経営

企業文化のブランド化こそ最強の差別化戦略である。

「こんな企業があったのか!」2008年度の新卒採用のセミナー・会社説明会に 9000人以上の学生が殺到。

『宇宙一愛される経営』

01/31/2006

『プレジデントビジョン』書籍化第2弾!

〜未来の社長たちへのメッセージ〜
プレジデントビジョン 成功の方程式

《本書に登場する今もっとも注目を浴びているトップたち》

近藤 太香巳
(ネクシィーズ代表取締役社長)
森下 篤史
(テンポスバスターズ代表取締役社長)
西山 裕之
(まぐクリック代表取締役社長)
加藤 順彦
(日広代表取締役社長)
広野 道子
(21LADY代表取締役社長)
中村 利江
(夢の街創造委員会代表取締役社長)
平野 岳史
(フルキャスト代表取締役社長)
堀 主知ロバート
(サイバード代表取締役会長兼代表執行役員)

※本文掲載順(敬称略)

01/12/2006

『プレジデントビジョン』がついに書籍化!

〜未来の社長たちへのメッセージ〜
プレジデントビジョン 起業への情熱