起業家物語
『起業家物語』は発行者: 増永 寛之の体験に基づいたストーリーです。26歳で大企業を退職し、ベンチャー経営の世界に飛び込みました。全く経験の無い社長業、インターネットビジネスという異業種への参入などでさまざまな困難に遭遇しました。同世代の若い人たちにも是非、自分のやりたいことに勇気を持って挑戦していただきたいという想いを込めて綴っています。
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| 第82話 2007年6月29日 |
eBook Project
大和証券渋谷支店で開かれていた勉強会のお手伝いのために、私は支店の1Fの裏口でドアマンをしていました。そんな私に、「若い」という理由だけで声をかけてきた人がいました。
「君、ビットバレーって知ってるか?」
その声の主は、青井さん(仮名:日本経済新聞社のグループ企業の専務取締役)という方で、ちょうどビットバレーに関する本を書きたいと思っていたそうです。
これはチャンスだと思った私は、「ぜひその本を書くのを手伝わせてください」と頼みました。そして、運良く手伝わせていただけることになりました。私は、これを機に、やってみたいことや取り組んでみたいことをあれこれと考えました。
「出版までの工程を教えてもらいたい。将来、自分も本を書くかもしれないから」
「起業家のインタビューに同行したい。取材先の起業家が私のお客様になってくれるかもしれないから」
「ブックファンドをつくりたい。ブックファンドを作ることで、ファンドへの出資者も本を買ってくれるかもしれないから」
「アメリカのシリコンバレーまで取材に行きたい。インターネットビジネスの最先端の情報を本に加えたほうが、より信憑性が増すと思ったから」
いずれも「出来たらいいな」と思うことばかりです。特に、最後の「アメリカのシリコンバレーまで取材に行きたい」という願いは「叶えばラッキー」というレベルのものでした。
ところが、「アメリカのシリコンバレーまで取材に行ったほうが、その道の本としての権威が増すのではないか」という私の提案に青井さんが賛同してくださることになります。「ダメもと」とはいえ、やはり口にしてみたもの勝ちといったところでしょうか。
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11月の『Bit Style』の開催予定は、4日(木曜日)の夜でした。
私と青井さんたちは、その日に先立つこと11月2日にミーティングを開きました。
プロジェクト名を「eBook Project」とし、それぞれの役割を決め、ターゲットとなる読者層、本の装丁、コンテンツ、販売戦略、今後の予定について話し合いました。
「これまでの出版とは一味違うものにしたい」「インターネット時代の先駆けとなるような本にしたい」という想いから、なんらかの形でインターネットを活用して出版しようという話になりました。プロジェクト名に「eBook」とつけた理由もそこにありました。
私は、その会議で話し合った内容をきちんと議事録として残し、「eBook Project」のメーリングリストに流しました。実はそれまで、大和証券では会議らしい会議をしたことがなかったために、議事録を書くなんてことはありませんでした。売上や利益の目標額、その日の重点販売商品の伝達はあっても、何かを相談したり、議論したり、決定したりするような会議は一つもなかったのです。
この議事録を残す書記係りを私は率先して引き受けました。このようなプロジェクトに参加し、みんなで価値あるものを作り上げていくというのが新鮮で楽しかったのもありますが、会議の内容を議事録に残し、みんなで共有しておくという習慣は、後々役に立つだろうと思ったからです。もちろん、あとで「言った、言わない」にならないようにということも考えていました。
「エビデンス(証拠)を残しておかなければ危ない」という感覚はビジネスをする上で重要なものです。これは、日常のちょっとしたことでも同じことだと思います。約束をしたにもかかわらず、その約束した内容を忘れてしまってはいけませんし、出来なかったときに「そんなことは聞いていない」などという言い訳をすることも許されません。
従いまして、約束をした際には、電話で話した内容もなるべくメールで相手に送るようにしていました。こうすることで、送信履歴、着信履歴がエビデンスとして残り、トラブルも最小限に食い止めることができるのです。
なお、議事録は予定として立てた計画と実施した成果のギャップを比べる際にも役立ちます。この議事録をプロジェクトが終わってから読み直したのですが、実現しなかったアイデアが多々ありました。実現しなかったもの(企画倒れになったもの)の代表例は、「ブックファンドを作ろう」というアイデアでした。限られた時間と法律の勉強不足がネックでした。
1999年11月4日の19時、私を含めたプロジェクトメンバーたちは開場の30分前に集合しました。会場は、代官山の「CARATO 71」。とてもオシャレで、渋谷支店の大会議室とは大違いです。それを目の当たりにして、「やっぱり人を集めるなら会場選びも大切だ」ということを学びました。
私たちが早めに会場を訪れた理由は、『Bit Style』の運営をしていた「Bit Valley Association(以下、BVA)」の中心人物である松山太河氏(以下、松山さん)と話をしたかったからです。アポを取ってあったとはいえ、『Bit Style』の直前は忙しいだろうと心配していました。しかし、松山さんは快く時間を作ってくださいました。
さっそく私は、青井さんを松山さんに紹介しました。とはいえ、私と松山さんが名刺交換をしたのも、このときが初めてでした。直接の面識はなかったからです。実は、単に私が松山さんのメールアドレスを調べて、「4日に青井さんという方を紹介したい。ビットバレーの本を書きたい」という旨のメールを送ったに過ぎなかったのです。
おそらく、私が大和証券の営業マンとしてメールを送っていたとしたら、返事はなかったでしょう。日経グループから本を出すという名目があったおかげで、私まで名刺交換をするチャンスに恵まれたのです。
私たちは、その場でBVAの「eBook Project」への協力の約束を取り付けました。これは、その日の大きな収穫の一つでした。
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会場の前には参加者が続々と詰め掛け、この日も500人以上が集まるのは確実といった感じです。また、不思議なことに若い女性たちもたくさん受付に並んでいました。そして、前回にきていたのかどうかわかりませんでしたが、大きなテレビカメラを抱えたマスコミの関係者たちの姿も見えました。
「まずい。もし、ビットバレーに関する本を先に誰かに書かれてしまったら、その価値は半減してしまうだろう」
私は少し心配になりました。このビットバレーに関心を寄せる人が増えることは、出版した本の売れ行きにもよい影響を及ぼすことを考えると好ましいことです。しかしながら、その恩恵を受けるのは、自分たちでありたいと望んでいました。
「価値あるものをタイムリーに出さなければならない」
よい企画を考え、それをなるべく早く形にしなければなりません。
「松山さん、もう書籍化の話は他から来ているのですか?」
松山さんの答えは、私たちが最初だということでした。私は多少なりとも気がラクになりました。
エントランスでの盛り上がりの様子を私たちに同行していたカメラマンがフィルムにおさめたあと、私たちは会場に入りました。
そして、関係者全員が固まっていても仕方がないという話になり、それぞれ手分けして取材対象になりそうな人を探しました。私の場合は、証券営業マンとしての営業活動も兼ねていましたが。
私はここでメールニュースの才式社長と出会い、名刺交換をしました。
才式祐久氏(才式社長) ― 才式氏はメール媒体の広告に特化した広告代理店・株式会社メールニュースの代表取締役社長。メールニュース社は、当時配信数が急激に伸びていたメール媒体(メールマガジン等)を専門に経営資源を集中し、他のネット系広告代理店と差別化を図っていた。その後、2001年にメールニュース社はサイバー・コミュニケーションズ社(CCI)と合併することになる(存続会社はCCI)。
才式社長はとても人懐っこい笑顔で、私達の「eBook Project」の相談にも乗ってくださるといいます。私たちがまさに探していたネット系らしいネット系のベンチャー企業の経営者であり、ビットバレーに集う経営者たちにも顔が広く、よい方にめぐり合えたと思いました。私は早速、今回の本で取材させて欲しいとお願いし、才式社長からご快諾をいただくことができました。
私は、この「eBook Project」を通じて、たくさんの方たちと出会うことになるのですが、それが、私の人生の財産にもなって行くことになります。
ちなみに、この日の『Bit Style』のゲストだったのは、楽天の三木谷社長です。スピーチの中で三木谷社長は、楽天はネット上のショッピングモールを作っており、商品を購入するユーザーから収益を上げるのではなく、モールに出店している人たちから収益を挙げているという点を強調していました。まるで不動産のようなビジネスモデルでしたが、これが安定的な収益につながるというのです。インターネットの特性やビジネスモデルの要点を的確に話す三木谷社長からは、大きな可能性と将来性を感じずにはいられませんでした。
三木谷浩史氏(三木谷社長) ― 三木谷氏は楽天株式会社の代表取締役会長兼社長。世界一のインターネット・サービス企業を目指し、ネット上のショッピングモール事業にとどまらず、金融分野やプロ野球の球団運営等へも事業を拡大している。
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『Bit Style』の後は、会場の近くの旧山手通り沿いにあるレストランに集まって、プロジェクトメンバーだけで反省会を行うことになりました。
すると、そのお店には『Bit Style』が終わったにもかかわらず、いまだ熱気のおさまらぬという人たちが集まってきたのです。その中には、才式社長の姿もありました。
私たちは、そのレストランの2Fの一角に陣取って、反省会を始めました。『Bit Style』を運営するBVAの人たちと関係を築けたこと、めぼしい起業家たちと名刺交換できたことがその日の収穫です。そのような反省会をやっているとき、ふと階下のフロアーを眺めると、才式社長がせわしなく名刺交換をしている姿が私の目に留まったのです。
「なるほど、デキル人はこうやって人脈をつくるんだな」
才式社長は際立っていて、とても印象に残る方でした。声が大きくハキハキとしていて、元気がよい上に満面の笑顔を常に湛えている。また、話の内容もこれからのメール媒体の将来性や差別化された特徴を挙げ、とても興味をそそるものでした。
「この人には、私が見習うべきところがたくさんある」
私は才式社長とより縁を深めたいと思いました。
翌日の午後、私宛に才式社長からFAXが届きました。
大和証券渋谷支店の4F営業フロアでは、そのFAXを見た人たちの驚きの声が響き渡っていました。
「増永さん宛てに凄いFAXが届いていますよ!」
FAXを手渡された私は、一体何が書かれているのかと手にした紙を覗き込みました。そこには手書きで大きく次のように書かれていました。
「増永さん、昨日はどうもありがとうございました! メールニュース 代表取締役社長 才式祐久」
おそらく筆ペンで書いたであろうその文字は、才式社長の元気そのままに勢いよく飛び跳ねていました。とてもインパクトがあり、強烈な印象を受けました。後にも先にも、私はこのようなFAXを受け取ったことがありません。これをやったら先方にウケるだろうなと思いつつも、未だにそれは実践できずにいます。
「如何に相手に印象付けるか」
このテーマはとても重要です。なぜならば、初めて会ったその人に自分を印象付ける機会というのは、たった一度しかないかもしれませんから。
「相手に覚えてもらう」
「相手に思い出してもらう」
これらはその後の私にとって、意外と大きな課題となり、テーマとなります。もし、その重要性に気づかず、そのテーマに本気で取り組まずにいたとしたら、私は起業家にはなれなかったかもしれません。



