起業家物語
『起業家物語』は発行者: 増永 寛之の体験に基づいたストーリーです。26歳で大企業を退職し、ベンチャー経営の世界に飛び込みました。全く経験の無い社長業、インターネットビジネスという異業種への参入などでさまざまな困難に遭遇しました。同世代の若い人たちにも是非、自分のやりたいことに勇気を持って挑戦していただきたいという想いを込めて綴っています。
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| 第79話 2007年6月8日 |
新規公開株の魔力
1999年6月15日、米国証券業協会(NASD)とソフトバンクは、日本に株式市場「ナスダック・ジャパン」を創設する構想を正式に発表しました。ナスダックに公開する米企業5000社や日本の新興企業の株式を売買対象とし、2000年末まで(その後6月19日取引開始に変更)に新市場での取引開始を目指すとしていました。
この動きに対抗するような形で、1999年7月に東京証券取引所も「1999年の年末までに東証マザーズ」を創設すると発表します。
「ナスダック・ジャパン」と「東証マザーズ」は、共にその大枠を「次世代を担う高い成長可能性を有した企業に早期の資金調達の機会を提供する」とし、企業が上場するためのハードルを大幅に引き下げました。
私が大和証券に入社し、渋谷支店に配属されたのが8月です。当時の私には、これらの発表にどのような意味があり、これから社会がどのように変わろうとしているのかなど見当もつきませんでした。ところが、私はこれらの発表内容が巻き起こしたブームを、自らその渦中で体験することになります。
★ ★ ★ ★ ★
1999年9月のある日のことです。
「グッドウィルの折口ですけど」
私が渋谷支店の営業フロアで電話をとると、電話の主はそう名乗りました。
「はい、おつなぎしますので少々お待ちください」
受話器を置いてしばらくしてから、私は隣の席に座っていた高島さん(仮名:5年目の代でトップ営業。渋谷支店営業第三課に所属し、デスクが私の隣だった)に声をかけました。
「すみません、高島さん。今のお客様の名前はどこかで聞いたことがあるんですけど」
その質問にあきれた高島さんは「馬鹿野郎」と前置きしてから、電話の主について教えてくれました。
折口雅博氏(折口会長) − グッドウィル・グループ株式会社(現・社名:以下、グッドウィル)の代表取締役会長。グッドウィルは人材サービスを提供し、1999年7月7日に店頭公開を果たす。
「グッドウィルは大和証券で店頭公開したんだけど、担当は渋谷支店だったんだ」
「へー、そうなんですか」
「お前にはわからないかもしれないが、グッドウィルが店頭公開したことで、預かっていたグッドウィルの株の資産が爆騰したんだ。なにせ渋谷支店が過去20年間で蓄積した預かり資産と同額にも及ぶ資産が増えたんだ。これは、とんでもねぇことなんだぞ」
高島さんの説明を額面どおりに受け取れば、20年間かけて集めた何千人何万人分の預かり資産を、店頭公開したグッドウィル一社が一夜にして築き上げてしまったことになります。
「孫さんが6月にぶちあげた『ナスダック・ジャパン構想』を知ってるか?これからは、そんな企業がポンポン出て来るんだぞ」
店頭公開すること、株式公開すること・・・その意味もわからず、私はただただ「凄いことになるんですね」とうなずくばかりでした。
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「はい、大和証券渋谷支店でございます」
渋谷支店の営業フロアで最初に電話をとるのは新人である私の仕事と決まっていました。この年に渋谷支店に配属された新人は私しかいませんでした。従って、私が外出していたり、私が別の電話に出ていたりしない限りは、すべての電話を取り次ぐ必要がありました。
通常、どこの会社であってもこのような電話の取り次ぎは新人にやらせることが多いと思います。新人のほうとしては「なんで私がこんなことを」と思うでしょう。ところが、私の場合はあるインセンティブのおかげでモチベーションが下がることはありませんでした。
では、そのインセンティブとは何だったかといいますと、渋谷支店には昔から「新規のお客様がかけてきた電話をとったものに、そのお客様を担当させる」という不文律があり、積極的に電話をとっていると新規顧客が増えるということです。ですから、こちらからテレアポをして顧客をとることだけが、担当顧客を増やす方法ではありませんでした。
「はじめてお電話するのですが、新規公開株について教えていただけないでしょうか」
このような電話が毎日のようにかかってきました。当時は「新規公開株」というものが非常に流行っていたのです。
ここでいう「新規公開株」とは、それまで未公開企業だった会社が、東京証券取引所等に上場し、市場から資金を調達するために発行する株式(もしくは売り出される発行済みの株式)を指します。その株式を公開日前に購入していると、公開日に何倍にもなることがあり、そんな「新規公開株」を購入したいというお客様がたくさんいたのです。
「新規公開株ですか?」
電話をとると必ず確認していたことがあります。
「お客様は大和証券で口座をお持ちでしょうか?」
もし、大和証券の他の支店で口座を持っているとNGです。なにがNGなのかというと、他の支店で口座を持っていると基本的に渋谷支店で口座を開くことができないため、新規顧客にならないということです。
「いえ、持っていません」
「そうですか、もし新規公開株をご希望であれば口座を開く必要がございますがよろしいですか?」
「はい」
「ご都合のよろしい日があれば私がお伺いします」
こういった感じで、口座を開設したものの、実際に「新規公開株」を購入できるお客様は少数でした。なぜならば、「新規公開株」の株数よりも、それを欲しがる新規のお客様のほうが遥かに多かったからです。この需要と供給のバランスの悪さが、公開直後の株価を高騰させる原因の一つにもなっていました。
★ ★ ★ ★ ★
「増永さん、お客様が1Fの窓口にご来店されました」
内線電話で、私のお客様が渋谷支店の店頭にご来店されたと告げられました。私はそのお客様と親しくさせていただいていたので、4Fの営業フロアから喜んでおりていきました。
「澤田さん(仮名)、いらっしゃいませ。お待ちしておりました。本日はご入金でしたね」
カウンター越しに座って挨拶をすると、50歳前後かと思われる澤田さん(女性)は、おもむろにご自身が着ていた服の胸元に手を入れられました。
「む?」
驚いたことに、澤田さんはその胸元から100万円の束を取り出したのです。しかも、次から次へと出てきます。
「はい、これが1000万円分です。増永さん、よろしくね」
私は驚きを隠せませんでした。
「それから、ちょっと増永さんに個人的に用があるので、外に出ていただけますか?」
1000万円の札束の入金処理をした後、私と澤田さんは支店を出て、近くにあるマクドナルドに入りました。
「個人的なご用件とは何でしょうか?」
私はどきどきしながら切り出しました。
すると、澤田さんは再びご自身の胸元に手を入れると、最後の一束を取り出しました。
「これは、100万円じゃないですか!」
「実は、これを増永さんに差しあげようと思いまして」
ポテトのすぐ横に100万円の札束があります。どうして、この札束を私にいただけるのか見当がつきません。
「なぜ、100万円をいただけるのでしょうか?」
手をつけるつもりはありませんでしたが、その理由には興味がありました。
「それは、増永さんのおかげで儲けさせていただいたからです」
「私のおかげですか?」
「そうです。私が大和証券で口座を開設し、新規公開株を購入させていただき、200万円で買った株が、翌日には800万円になりました。つまり、一晩で600万円も儲かったことになります。ですから100万円は増永さんに差しあげたいと思いまして」
筋違いの話でしたが、それが澤田さんの中での善意であることは伝わってきました。
「お気持ちは有り難く頂戴いたします。しかし、抽選になるほど人気になっている新規公開株を購入できたのは澤田さんの運によるところであって、私の力は一切関係ありません。また、私は証券マンとしての倫理観を失いたくはありませんので、このお話は控えさせていただきます」
私は澤田さんからの話を丁重にお断りし、また御礼を述べてから席をあとにしました。
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「はい、大和証券渋谷支店でございます」
私はいつものように外線電話をとりました。
「おう、増永はいるか?」
「あ、私ですけれども」
「原田(仮名)だが、お前のせいで損をした。赤坂のホテルの一室に今から来いや!」
この怒り狂った原田さんとは、新規公開株を買いたいといって電話をかけてきて、新規だったということで慣例により電話をとった私のお客様となった方でした。
「佐野さん※、原田様がお怒りの電話をかけてきました。どのように対処すればよろしいでしょうか?」
※(私の教育を担当するチューターで、当時のスーパー営業マン。現在、某支店の支店長を経て、大和証券本部の企画セクションに勤務)
私は、チューターである佐野さんに相談しました。佐野さんは常々、次のように口にしていたからです。
「困ったことがあったら私に相談しなさい。そうすれば、相談した瞬間から君の『責任』は上司の『責任』になる。どんどん責任を上司に押し付けなさい。その責任を果たすのが上司である私の仕事ですから」
「増永君、その原田様というのはどのようなお客様なんだ?」
私は、原田さんが支店に電話をかけてきた新規のお客様であり、電話をとった私のお客様になったこと、そして、新規公開株を購入し、損をしてしまったこと、さらに加えて、彼がある有名な俳優のマネージャーであることを伝えました。
「それはまずいな」
佐野さんは、席を立つと副支店長とともに支店長の部屋に向かいました。そして、10分ほどして佐野さんが戻ってきました。
「佐野さん、いかがでしたか?」
尋ねると、副支店長と二人で指定されたホテルに出向くといいます。
「それでは、私もご一緒します」
そのセリフに対する佐野さんの答えはノーでした。
「当事者は同席しないほうがいい。話がこじれるだけだから」
黒いカバンを手にした佐野さんは重苦しい表情で副支店長と共にドアから出て行きました。
「高島さん、質問なんですけど」
「なんだぁ?」
「こういう時って、支店長が出て行くものではないのですか?よく不祥事があった時って社長が真っ先に謝罪会見しないと叩かれるじゃないですか。それと同じで、お客様のクレームには支店長が率先して出て行くものではないのですか?」
私は誠意を持って自分自身が出向くべきところを、上司である佐野さんと副支店長が出て行ってくれたことも、支店のトップである支店長が出て行かなかったことにも疑問がありました。これに対する高島さんの答えが、起業後の私のクレーム処理に対するスタンスに大きな影響を与えることになります。
「それはよぅ。不祥事とクレームは違うということが一つ。それから、クレーム対応にはコツがあるということが二つ目だな」
「なるほど、確かに不祥事とクレームは違いますね。でも、クレーム対応のコツって何なんですか?」
高島さんによると、クレーム客に対していきなり最上位の役職者が対応するのは得策ではないとの事でした。通常、クレームを訴えてきたお客様の心中は穏やかではありません。ハラワタが煮えくり返っていることが多々あります。また、とても感情的になっていることもあり、最上位の役職者が謝ったからといっておさまるとは限りません。ですから、まずは下位の役職者が出向き、場合によってはクレーム客から怒られたりしながらガス抜きをする必要があるわけです。
そのような使命をおびて出向いた上司でおさまらなかった場合は、さらに上の上司が出向く。そうやって何度も足を運ぶうちにクレーム客の気持ちもおさまっていき、あるところで「わざわざこんな偉い方が(上司の方)が来て下さるとは」となるとのことでした。
「いきなり支店長が出て行って、クレーム客の怒りがおさまらなかったら『次は役員を連れて来い!』ってなるだろう。7000人以上の社員を抱える大和証券の役員がクレーム一つで出て行くわけにはいかんだろう?」
社員数もさることながら、百万人という単位の顧客を抱える規模では、毎日のようにどこかでクレームが発生しているはずです。これでは役員どころか支店長が出て行くというのも経営上で問題があると考えるのが当たり前でした。
「高島さんの言うとおりですね。支店長や役員は言うに及ばず、社長が出て行くわけにはいきませんね」
自分が出て行くという誠実さ、社長が出て行くという誠実さ、その誠実さだけを考えれば自分が出て行くことも社長が出て行くこともありだと思います。しかし、「組織」としての「効率」まで考えれば、別の解決方法をとらなければならないことも理解できました。
「大体、ホテルに呼び出すような奴なんてチンピラなんだよ。そんな奴にお前が謝ったところで何の解決にもならないんだよ。こういうことは佐野さんと副支店長に任せておけば大丈夫だからさ。気にするなよ」
結局、私が退社する時間が過ぎても佐野さんと副支店長は戻ってきませんでした。
「やっぱり監禁されちゃったのかな」
恐ろしいシチュエーションを頭の中で思い描くと身震いがしました。
翌日、出社した私は、佐野さんが出勤してきたことにほっとしました。しかし、呼び出されたホテルでどのようなやり取りが繰り広げられたのかは怖くて聞くことができませんでした。そして、佐野さんも「もう終わったから」の一言で、実際に何があったかを私に話すことはありませんでした。
起業後、ここから得た教訓のおかげで、クレーム客のことで悩まされることがほとんどありませんでした。担当者で解決できなかったことはその上司が対応するようにしたおかげです。それでも駄目なら担当役員が出て行きます。当社は常々誠意を持って対応しているため、そもそも大きなクレームになることはありません。もし、私が直接クレーム対応をしていたとしたら、社長業が疎かになっていたでしょう。
ほとんどの場合、私のところまでクレーム客がやってくることはありません。唯一例外的なものとしては、私と名刺交換をしたことのあるお客様です。その場合は、私のところに直接電話やメールが来てしまいます。
私は、またそこから教訓を得たことで、なんと社長になってから一年後にはお客様とも仕入れ先様とも一切会わないことにしました。これで、私のところまでクレーム客がやってくることは一度しかありませんでした。そのたった一度のクレーム客というのはわざわざ私のメールアドレスを調べて連絡をしてきたため、仕方なく会う羽目になりました。
ところが、当社はどこよりもまじめにやっていると自負する企業です。私のところまで上がってくるクレームというのはただの言いがかりに過ぎません。ですから私はきっぱりと「あなたが悪い」といって帰っていただきました。それでも、そのお客様とは今でも良好な関係を保ち、お取引を頂いています。
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一夜にして何百万円も儲かってしまう「新規公開株の魔力」はたくさんの人たちの欲望を引き寄せていました。これは現代における錬金術の一つです。
新規公開株の存在は、その後の証券マンとしての営業活動において強く意識せずにはいられませんでした。これほど「需要と供給」の関係がはっきりしていた商品、特に供給サイドに力を与えた商品はなかったからです。
「こんなに新規公開株を欲しがっている人がいるのか」
新規公開株を欲しがっている需要側の心理をついた営業を展開することが大事だとわかりました。そして、この1ヵ月後には一歩進んで「株式を公開したい社長」をターゲットにするべきだという結論に達しました。
ただ、その結論に至る前に、私は次のような仮説を立てて実行することになります。
「日本でお金持ちなのは『社長』だ。これからは社長だけをターゲットにする。では、社長と会うのにもっとも効率のよいやり方とは何か?その答えは、社長が集まるパーティーに参加すること!」
電話をかければ秘書に阻まれます。アポなしで出向けば受付嬢に阻まれます。チラシや手紙でアプローチしたとしてもそのままゴミ箱行きで終わってしまいます。しかし、この「社長が集まるパーティーに出席する」というアイデアは、それらの問題点をすべてクリアしていたのです。あえて問題点を挙げるとすれば「パーティーに呼ばれていなければ出席できない」ということになるでしょうか。ところが、私はそんな呼ばれてもいないパーティーに「潜入」する方法を編み出し、実践することが出来ました。従いまして、私に限って言えば、このアイデアに死角などありませんでした。
「いける。パーティーに出席するというこのアイデアなら絶対にいける!」
私は早速インターネットで社長が集まりそうなパーティーがないか検索しました。
「おっ、あったぞ!しかも渋谷で開かれるとは近い!」
次回の「Bit Style」のお知らせです。
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次回Bit Style 10/7(Thu)PM8:00-PM11:00 渋谷ドクタージーカンズ。
[場所]東京都渋谷区円山町2-4ドクタージーカンズ(渋谷駅徒歩7分)
[MAP_URL] http://www.bitvalley.org/bitstylemap.html
[会場TEL] 03-xxxx-7811
参加費用:学生2000円、社会人3000円
簡易スピーチあり(21:00より)
■株式会社サイバーエージェント 藤田 晋社長
■eグループ株式会社 大山彰久社長
■カルチュアコンビニエンスクラブ株式会社 増田宗昭社長
※事前申し込みは必要ありません!
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こうして見つけたのが、後に「ビットバレーブーム」と呼ばれることになるビットバレーの『ビットスタイル(Bit Style)』というパーティーでした。
「よし、最初のパーティーはここに決めた!」
まさか、それが1999年10月から2000年3月における日本経済とインターネット革命における話題のど真ん中に身を置くことになろうとは思いもよりませんでした。



