起業家物語
『起業家物語』は発行者: 増永 寛之の体験に基づいたストーリーです。26歳で大企業を退職し、ベンチャー経営の世界に飛び込みました。全く経験の無い社長業、インターネットビジネスという異業種への参入などでさまざまな困難に遭遇しました。同世代の若い人たちにも是非、自分のやりたいことに勇気を持って挑戦していただきたいという想いを込めて綴っています。
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| 第61話 2007年2月4日 |
ストーカー事件簿 ファイル3
小雨の降る6月のある日曜日、私と涼子さん(仮名:当時の私の彼女)はJR中央線で国立(くにたち)に向かいました。
早稲田大学の大学院に留学している韓国人のみなさんが結成したサッカーチームと一橋大学に留学している韓国人のみなさんのチームが、国立にある一橋大学のキャンパスで試合をすることになっていたのです。ところが、早稲田側のチームのメンバーが足りなかったため、私が助っ人として参加することになりました。
「涼子さんは一橋大学に来たことはあるの?」
その問いに涼子さんは「友達が通っていたから遊びに来たことがあるの」とこたえました。
グラウンドに着くと私を誘ってくれた韓国人留学生のキムさん(仮名)のところに挨拶にいきました。
「キムさん、こんにちは。今日はあいにくの天気ですが頑張りましょう。ところで、私の彼女を紹介します。涼子さんです。よろしくお願いいたします」
涼子さんは私の自慢の彼女でした。誰に紹介しても、誰とでも仲良くなります。そんな彼女の視線はキムさんの隣にいる男の子に注がれていました。
「はじめまして、涼子です。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、はじめまして。韓国の留学生のキムです」
「隣の男の子は、息子さんですか?」
「ええ」
「僕は、何歳なの?」
私はてっきり日本語が通じないものと思っていましたが、男の子は4歳だとこたえました。
「僕、偉いね〜。お父さんが試合に出ている間はお姉ちゃんと遊ぼうね」
子どもが大好きな涼子さんはたちまち男の子と仲良くなってしまいました。
「そろそろ時間だから、行きましょうか」
私とキムさんはロッカールームに向かいました。
★ ★ ★ ★ ★
緑の木々に囲まれた芝生のグラウンドも、雨の中では精彩を失っているかに見えます。ゴールネットの向こうの空は、水を混ぜすぎたねずみ色の絵の具で塗りつぶしたかのようでした。
それでも中学時代の3年間サッカー部に所属していた私は、自信満々でグラウンドのピッチを駆け回っていました。
「ゴーーーーーール!!!!!」
私はキムさんたちの期待にこたえてゴールネットを揺らしました。
「さすが、増永さん!」
中学時代に担当していた「右ウイング」というポジションをこの試合でも任されていました。通常、右のサイドラインからボールをセンタリングするのがこのポジションの役目です。しかし、センターフォワード同様に最前列であることから、隙を突いて得点も狙えるポジションなのです。私は涼子さんにいいところを見せたい一心で果敢に攻めていました。
「ヒロ君、大活躍だね!」
ハーフタイムで涼子さんから褒められたことに気をよくした私は、さらに得点をあげるべく、雨をものともせずに攻め続けました。
★ ★ ★ ★ ★
2対2の同点のまま、後半の15分を経過した頃です。
敵の攻撃を防いだゴールキーパーがロングキックで私にパスを出しました。
それがちょうどカウンターになり、私は後ろから飛んでくるボールを目で追いかけながら、ゴールに向かって走りました。
敵のゴールに背を向けた形でパスを受けた私はすばやく振り返ってシュート体制に入りました。ところが、そこには衝撃的な光景があったのです。
「そ、そんな馬鹿な!」
霧雨にかすむ相手のゴール。その右横には傘も差さずにたたずんでいる不気味な姿・・・。
黒髪は雨に濡れてべったりと垂れ下がり、緑色の半袖のポロシャツがガリガリの体にぴたりと張り付いています。
「なんで、ストーカーがここにいるんだ!」
そう、あの早稲田大学大学院の後輩であり、私を日々追い掛け回している田淵さん(仮名)の姿がそこにあったのです。
「まずい、涼子さんもいるのに」
私はシュートを打つことよりも、涼子さんのことが気になりました。
放ったシュートはゴールの枠を大きく逸れていきました。
それからの30分間というもの、試合のことに集中できる精神状態ではありませんでした。
「ストーカーはどこに行ったんだ?」
ピッチサイドに立っているのも嫌ですが、まったく姿が見えないのも不安です。
結局、試合は2対3で負けてしまいました。
★ ★ ★ ★ ★
「涼子さん、急いで帰ろう!」
濡れた運動着から普段着に着替えた私は、歩み寄ってきた田淵さんを無視して、涼子さんの腕を引っ張りました。
「キムさん、用事があるのでこれで失礼します。本日はありがとうございました」
涼子さんも何かを察してくれたらしく、テンポの速い私の歩調に合わせてくれました。
国立駅に着くまで私は何度も後ろを振り返り、田淵さんがついてきていないかを確認しました。そして、どうしてあそこに田淵さんがいたのかを考えていました。
「そうか、『商研休憩室』の黒板に書いてあったからだ・・・」
キムさんからサッカーに誘われたときのことを思い出して、はたと気づいたのです。
「留学生のみなさんが連絡用に使っていたあの黒板が原因だ・・・」
別に私の名前がそこに書かれていたわけではないのですが、誰かが「増永さんも参加するよ」と田淵さんに言ってしまったに違いありません。
そして、この試合の帰り際に、重大なミスを犯してしまったことに気づきました。
「私の彼女が涼子さんであることがバレてしまった・・・」
田淵さんが涼子さんに危害を加えるとは考えられませんが、できれば知られないで済むに越したことはありません。
「ヒロ君、もしかしてあの人がストーカーなんじゃないの?」
涼子さんは確信を込めて言いました。
「実は、そうなんだ。何かされなかった?」
すると涼子さんは、田淵さんとの出来事について話し出しました。
「あのね、いきなり『増永さんの彼女ですか』って聞かれたよ」
田淵さんなら聞きかねないと思いました。
「で、涼子さんは何てこたえたの?」
「違いますってこたえちゃった(笑)」
その答えに安堵したと共に寂しさを覚えたのも事実です。
「ま、それで正解(笑)。ほかにはある?」
「あるよ」
「マジ?何があったの?」
「ヒロ君が試合をしている間に私とキムさんの息子さんとでグラウンドから少し離れたところにあるトイレにいったの」
「それで?」
「そうしたら、女子トイレが壊れていたの。仕方がないから息子さんにおしっこをさせてから私も男子トイレを使わせてもらったんだけど、急に息子さんがトイレのドアを叩き出したのね。『怖いよ〜、怖いよ〜』って」
「あ、あのちっちゃい野外トイレじゃ怖いよね」
ところが、涼子さんは思いっきり首を横に振って話を続けました。
「私も手っきりそう思って『大丈夫よ、すぐに出るから待っててね』って言ったんだけど、息子さんは『かいぶちゅ、かいぶちゅ』って叫んだの。すると後ろから『あの〜〜、女子トイレが壊れてるんですけど〜〜』って女性の声が聞こえてきたのよ」
私は田淵さんの顔を思い浮かべました。真っ黒な髪は雨に濡れ、腰の位置まで垂れ下がっていたのでしょう。カッパのような形状の平べったい顔としょぼしょぼっとした細い目が普段に増して不気味だったに違いありません。きっとあの口は、寒さによってさらに激しい音を立てて動いている・・・4歳の男の子から見たら、その姿は紛れもなく怪物そのものだったはずです。
「とにかく息子さんが物凄く怯えていたの。トイレからグラウンドに戻る途中も手が震えていたし、『かいぶちゅ、怖いよぅ。かいぶちゅ、怖いよぅ』ってつぶやいていたもの」
子どもは正直だなと思いました。
★ ★ ★ ★ ★
翌週の土曜日、私と涼子さんはディズニーランドでデートをしました。その夢のような時間はあっという間に過ぎ、夜のパレードを堪能してから出口のゲートをくぐりました。そして、涼子さんは横浜、私は中野区の落合ということで、私たちは東京駅で別れました。
アパートに着くと私はシャワーを浴びて、遅くまでマーケティングの本を読んでいました。
学生ですと、お昼や夕方に起きるのはそんなに珍しいことではありません。結局、明け方まで勉強したこともあり、目覚めると午後の5時を回っていました。ちなみに、この頃の私は平気で12時間は寝ていたと思います。
「コンビニに行くか」
Tシャツとジーンズに着替え、近場用のサンダルを履いてからドアを開けました。すると「カサッ」という音と共に何かが倒れました。
「ん?」
私は構わずドアを更に開きました。すると一輪の黄色いバラが落ちていました。
それを目にした瞬間、脳裏に田淵さんの姿がうつりました。更に、黄色いバラから恐ろしい言葉を連想しました。
当時、黄色いバラの花言葉は「嫉妬」※と言われていたのです。
つづく
※黄色いバラにはさまざまな花言葉がありますが、当時流行ったあるドラマの中では「黄色いバラの花言葉は嫉妬だ」という設定で使われていました。

