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Today's President

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2007年2月14日 vol.519

株式会社アイレップ 代表取締役
高山 雅行 氏

クライアント側に立って自分たちがどうすべきかを考える

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起業家物語

『起業家物語』は発行者: 増永 寛之の体験に基づいたストーリーです。26歳で大企業を退職し、ベンチャー経営の世界に飛び込みました。全く経験の無い社長業、インターネットビジネスという異業種への参入などでさまざまな困難に遭遇しました。同世代の若い人たちにも是非、自分のやりたいことに勇気を持って挑戦していただきたいという想いを込めて綴っています。

第58話『大和証券に内定』へ戻る 第56話『自分の持てるすべての力を通じて志望企業に貢献する』へ

 第57話 2007年2月4日

第一志望は大和証券


入枝克樹(現在、大和証券SMBC株式会社に勤務。平成7年入社、キャピタルマーケット部所属。1998年4月当時は新卒採用のリクルーターとして大和証券グループの採用に携わる)
「採用当時の増永君の第一印象は爽やかな好青年。きちんとした挨拶に始まり、面接時の態度もよく、ハキハキとした受け答え、明るい表情、積極的な姿勢等々、就職活動のお手本のような印象を受けました。かといって、それが作られたものではなく『普段からこんな感じなんだろうなぁ』と思わせる雰囲気でした。面接が終わって『楽しかった』と思った人はそれほど多くはいなかったのですが、増永君は数少ない楽しかった人の一人です」

 

1997年11月24日、100年の歴史を持つ山一證券が自主廃業を発表します。一任勘定と呼ばれる取引で抱え込んだ損失を「飛ばし」で「簿外債務」として隠蔽してきたものの、最終的にはそれらの違法行為・粉飾決算が自らの首を絞めることになります。単に業績が悪いだけであれば「社会的影響を考えて救済」ということもあったでしょう。ところが、違法行為や粉飾決算を繰り返した企業を救うことは社会が許しません。結局、そんな企業を救済しようという銀行はなく、政府も見放し、山一證券は自主廃業の道をたどりました。

私が就職活動をしていた頃は、証券会社に限らず銀行も含めて大型金融機関の破綻が相次ぎました。ですから、世間での金融機関への評判は最悪でした。もし私が一時的なブームや他人の目だけを気にするような人間であったならば、金融機関への就職という選択はしなかったでしょう。実際、私が周りに「証券会社に内定しました」といっても、「よかったね」であるとか「おめでとう」と言われることはありませんでした。むしろ「どうして」「やめておいたほうがいいんじゃないの」という言葉が返ってきました。しかし、私はそんな周りの言葉を気にすることなど一度もありませんでした。

 

「僕は最高の選択をした」

 

当時もその後も、この想いは変わっていません。

 

「人生の転機は、人との出会いでしか訪れない」

 

私がそう強く感じたのは、大和証券のリクルーターだった入枝克樹さん(以下、入枝さん)との出会いです。おそらく多くの就活生が、その就職活動中に運命ともいえる素晴らしい出会いに恵まれるのではないでしょうか。そして、そんな運命の出会いが転機となり、就職する会社を決めたという人もいるのではないでしょうか。まだまだ未熟な学生だった私を見込んでくださった入枝さん、そして採用してくれた大和証券に心から感謝しています。

 

・ ・ ・ ・ ・

 

就職活動を通じて、自分自身のことしか考えていなかったことを痛感した私は「自分の持てるすべての力を通じて志望企業に貢献する」という信念で就職活動をやり直すことにしました。

そして、むやみやたらとたくさんの業界や企業を回るのではなく、「一番興味がある」と自信を持って言える業界だけにフォーカスすることにしました。そのフォーカスした業界というのが、当時最悪の評判であった金融業界だったのです。

 

「確かに今は金融不況かもしれない。しかし、金融業界がなくなることはない。これは金融業界が新しく生まれ変わるために伴う痛みなんだ。これはむしろチャンスなんだ。よりよい業界を自分の手で築いていけばいいんだ」

 

もちろん、当時この業界に飛び込むには勇気が必要でした。しかし、リスクを恐れていては何も出来ません。私は金融業界が抱えるリスクの中にチャンスがあるのだと信じました。信じた以上、そしてその業界が自分の最も興味を持つものである以上、最後は覚悟の問題でした。

 

「自己責任原則」

 

これは、金融業界において当たり前のように使われる言葉であり、大切な原則です。ところが、この原則は人生のいついかなる場面においても適用できるものだと思います。自ら放棄さえしなければ、最後の「決断する権利」は、いつでも己の手の中にあります。

私は決断しました。そして、金融業界をまわり始めました。

 

実のところ、私は金融業界以外にも内定をもらいました。「自分の持てるすべての力を通じて志望企業に貢献する」という信念を自分の中に確立した最中に受けていた面接は、不思議なほどに通過するようになったのです。そして、自動車業界の大手企業から内定をもらいました。

本当に不思議だったのは、内定をいただけた企業の面接では次のように伝えていたにも関わらず採用されたことでした。

 

「私の第一志望は金融業界です。万一、第一志望の業界を落ちた際にお世話になれるのであればよろしくお願いします」

 

おそらく、何よりも「誠意」が大切なのでしょう。私は自動車業界の面接で「私のこのような才能が、御社の次のような事業で、具体的にこれくらい活かせると思います」と伝えました。単に自分が出来ることや得意なことを伝えるのではなく、面接を受けている企業の具体的な職種で、具体的な業務を、具体的にどのようにこなすかを話し、結果として具体的にどのような貢献が出来るかを話すようになると、面接官から高い評価を受けるようになりました。その経験から、普段の生活での人との係わり合いでも「相手を思いやる心」が大切なように、就職活動においても「企業を思いやる心」を持つことが大切なのだと実感しました。

 

金融業界に絞った私は、さらに「信託銀行」と「証券会社」に絞り込むことになります。理由は、既に社会人になっている同期ら(私は大学院に進学したため、同期より2年遅れて就職活動をしていました)から実際の業務について聞いていたからです。

 

「都市銀行はあまりにも保守的な考え方の人が多いなぁ。それに比べたら信託銀行に就職した彼はイキイキしていたなぁ」

 

既に都市銀行に入社していた同期以外の人がどうなのかはわかりませんでしたが、当時の私が知っている同期からはそのような印象を受けました。

 

また、当時はM&Aが流行りはじめたこともあり、「仕事をするなら個人相手よりも法人相手だ」という考えを持つようになっていました。その考えを受けて「銀行なら信託銀行、証券なら法人業務」というアバウトなイメージを持つに至りました。

そして、さらに絞込みを進めた結果として、私は「証券業界一本」で就職活動をすることになります。

 

・ ・ ・ ・ ・

 

入枝克樹
「当時の私の個人的な採用の基準は、『一緒に仕事をして楽しそうな人かどうか』というものでした。学生さんと会っていると、緊張のためか雰囲気は悪くないのに受け答えがスムースでない人もいます。一方で、見るからにやる気のなさそうな人、自信がなさ過ぎるという人、とにかく攻撃的な人等、何をしに来たか分からない人たちもいました。大和証券は金融機関であり、お客様と相対する機会が多いわけですから、当然第一印象は大切だと思っていましたし、対話の中に誠意が感じられるかどうかは大事な判断基準にしていたと思います。受け答えが洗練されていなかったとしても、『この雰囲気があれば』と思った人は上げ、とにかく批判ばかりしている人、揚足をとろうとする人の評価は低かったですね」

 

 

ある日、自宅の電話に大和証券の方から電話がありました。

 

「もしもし、増永さんのお宅ですか。大和証券の入枝と申しますが・・・」

 

リクルートブックに同封されていた応募はがきを大和証券に出したところ、当時のリクルーターである入枝さんから電話を頂いたのです。その声はとても穏やかで、誠実な印象を受けました。

 

「はい、それでは来週伺います。どうぞよろしくお願いいたします」

 

私は同時に国際証券(現、三菱UFJ証券)の面接も受けていました。ここには私の大学時代からの親友である三舛暁(以下、三舛さん)が入社していました。

 

「証券会社は厳しいぞ。朝も早いしな」

 

「それはいいね。この前、『俺なんて9時30分出社なんだぜ』って言われてちょっとムッとしたんだよ(笑)。だから、朝は早ければ早いほどいいなって思っていたんだ」

 

三舛さんから証券会社の業務について話を聞いていたため、自分自身がその業界に飛び込んだ際のイメージが他の業界よりもはっきりしていました。実際、私は証券会社に入って、朝の7時に出社していました。これは支店の中でも1、2を争う早さです。言い換えればもっと遅くに出社しても構いませんでした。ところが私は7時に出社するべく、朝は5時30分に起き、6時には寮を出ていました。真冬の朝は日の出の時間が遅く、空は真っ暗です。そのような経験を重ねれば重ねるほど、精神的にはタフになっていった気がします。

 

 

紺のリクルートスーツにブルーのYシャツ、そして赤いネクタイ―これが私の就職活動時のスタイルでした。

 

「見た目も大事だ。それに第一印象も!」

 

マーケティングを勉強していた私は、見た目が相手に与える印象の半分以上を占めるという調査結果を知っていました。「見た目」とは、姿勢、ジェスチュア、表情、服装等が含まれます。

 

「大きなお金を扱う金融マンが、貧乏そうだったらお客様は信用して資産を預けてくれないよ」

 

そう三舛さんから聞いていた私は、リクルートスーツに10万円を投じていました。シャツも一枚2万円を超えていました。

 

「これも先行投資だ」

 

家計は苦しくとも、次につながるための投資を怠ってはその先がありません。

 

「証券会社の面接官は、ほぼ確実に『自分がお客様だったら』という視点で見てくるはずだ。もしかしたらプロとしてお客様よりも厳しい目で見てくるかもしれない。面接には『最高のお得意様にも認めていただけるような証券マン』になりきって臨まなければならない」

 

私は電話で指定された時間の20分前に東京駅の北口を出ました。すると右斜め前の角にある大和証券の本社ビルが目に入りました。

今回指定されたのはその本社ビルではなく、近くにある比較的新しいビルでした。

面接会場のフロアにつくと、数名の学生が緊張した面持ちで順番を待っていました。私は落ち着いて、案内された席に腰を下ろしました。

 

「どんな人が面接官なんだろう」

 

一次面接の面接官とはいえ、ある意味私の人生の命運を握っているのです。

 

「もし、今までのように変な面接官に当たったら・・・」

 

それまでの面接で出会った面接官のことを思い出しました。

 

「せっかく決めた業界、そしてその中でも最有力の志望企業、この一次面接でとんでもない面接官に当たってしまったら・・・」

 

そんな不安が込み上げてきました。

 

「増永様、どうぞ」

 

案内係の女性社員に名前を呼ばれ、カバンを手にしたまま面接室のドアを2回ノックしました。

 

「失礼します」

 

そこにはメガネをかけた若手の社員の姿がありました。

 

「今日は一対一の面接です。さあ、その席にかけてください」

 

その丁寧な話し方、そして穏やかな声に「電話をかけてきた方だ」と気付きました。

 

「大和証券の入枝です。どうぞよろしくお願いいたします」

 

私の抱いていた証券マンのイメージとは全く違っていました。同期の三舛さんが「豪快」を絵に描いたような人物だったこと、営業と呼ばれる仕事の中でも証券会社の営業はとりわけ厳しいというイメージがあったことから、もっと威圧感のある人物が出てくることを想像していました。

 

「銀行マンみたい・・・」

 

それは私の中では、いい意味で誠実さをあらわしています。入枝さんの優しい眼差しに安心した私は、リラックスした声で出身大学と名前を告げ、用意されたパイプ椅子に着席しました。

 

「それでは、自己PRと志望動機をお聞かせください」

 

終始、入枝さんからはやわらかい雰囲気が伝わってきました。私は大和証券で出来ること、そしてやりたいことを心を込めて話しました。

 

「私は、大学院でマーケティングを学んでいます。今、金融業界は変革の時期にあります。その変革に耐えられない証券会社はなくなってしまうでしょう。規制に守られてきた証券会社にこれから必要になってくるもの、それはお客様を中心とした考え方すなわちマーケティングの考え方です。さらに、金融工学の進歩をはじめ、学ばなければならないこと、研究しなければならないことはたくさんあると思います。その点、私は勉強が大好きなので、そういった方面を極めることに向いていると思います。また、私は商学関係の大学院に通っているため、修士論文に手を加えれば、税理士資格の会計科目が免除されます。残りの税法科目を取ってさらに勉強すれば税理士の資格を取得できます。証券マンの知識に税理士の資格を加えれば、資格を持たない証券マンよりもお客様から信頼が得られるはずです。それは私の強みであり、競合他社の営業マンよりも優位に立てると思います。私は、これまでの勉強とこれからの勉強、もといこれからの仕事で御社に貢献し、ひいては御社の社長になりたいと思っています」

 

入枝さんの目をまっすぐに見たまま、私はそういって話を終えました。

 

「増永君は、他社も受けているんですか?」

 

入枝さんの眼差しは、真剣なものに変わり、声にも力がこもっているように感じられました。

 

「はい、国際証券を受けています」

 

「野村證券は?」

 

「私は自分で社長になり、自分の手で業界No.1にしたいと考えています。だから、既にNo.1である野村證券には連絡を一切していません。国際証券を受けているのは、私の親友が勤めているからです」

 

それを聞いた入枝さんは、もとの表情に戻っていました。

 

「ありがとうございます。面接の結果は追って電話いたします」

 

私は面接会場を後にしました。

 

・ ・ ・ ・ ・

 

入枝克樹
「実際に面接の中で『社長になりたい』と言われたのは、後にも先にも増永君だけでした。採用する側としては『逃がしてはいけない人材』だと意識させられましたね。増永君の場合は、悪い印象がない学生で、『真面目さ』『一生懸命さ』が見受けられる一方、それが堅物のイメージではなく『人当たりが良い』『お客様受けしそう』というのが面接後の感想です。お客様から見れば『自分の資産を預ける営業マンが、自分のために懸命にその職務を果たしてくれている』という姿勢こそが何よりも信頼に結びつくものです。『増永さんに相談すれば』『増永さんが言うなら』とお客様から言っていただける人材だと思っていました」

 

あくる日、また自宅の電話が鳴りました。

 

「増永君ですか?」

 

その声は入枝さんのものでした。

 

「二次面接に来て欲しいんだけど、来週の予定はどうかな?」

 

私は次の選考ステップに進むことが出来てほっとしました。

 

「もし何かわからないこと、知りたいことがあったら何でも聞いてね。そうそう、次は私の先輩が面接官だからね。頑張って!」

 

二次面接が始まる前の数日間に、何度か入枝さんから電話がかかってきました。私はこの時点で国際証券ではなく大和証券に入社することに決めました。

 

「入枝さんと同じ会社で働きたい」

 

それが最大の志望動機になりました。私は今まで受けたどの会社のどの方よりも、入枝さんから「大和証券に来て欲しい」という熱意を感じました。こんなに私のことを必要としてくれているのなら、心の底から大和証券やその社員の人たちのために貢献し続けることが出来ると思いました。また、何よりも大きかったのは入枝さんの誠実さでした。

 

「これほどまで私みたいな学生に誠実に対応してくれた人はいなかった・・・」

 

それまで受けたどの企業の誰よりも尊敬できると思いました。

 

大和証券の二次面接でも志望動機を聞かれたため、私は「入枝さんと同じ会社で働きたいからです」と伝えました。同時に掛け持ちしていた国際証券の面接でも「第一志望は大和証券です」と口にするようになりました。

 

・ ・ ・ ・ ・

 

入枝克樹
「個人的に『こいつは俺が一次面接で上げた奴だ!!』と強く主張したい学生は2人います。『増永寛之』という学生はその一人です。面接だったか、内定・入社の後だったかは忘れてしまいましたが、会話をする中で『独立していなくなるかもしれない』と感じたことがありました。結果的に第六感が的中してしまったわけですが、残念な反面、がんばって成功して欲しいと思いました。『彼なら上手くやるだろう』と思ったのも事実です」

 

「増永君、おめでとう。二次面接も適正試験も合格だったよ」

 

入枝さんの電話にうれしさが込み上げて来ました。

 

「次は、いつ面接があるのですか?」

 

私は第一志望の大和証券の面接を早く受けたくて仕方がありませんでした。

 

「次は人事部長面接なんだけど、一つお願いがあるんだ」

 

「お願いですか?何でもいってください」

 

「人事部長面接の後に時間を作ってくれないかな。面接が終わったら、僕が所属する採用チームのリーダーとの食事の機会を設けようと思っているんだよ」

 

私は午後の時間がすべて空いている日を指定して受話器を置きました。そして、しばらく置いた受話器に手を乗せたまま考え込みました。人事部長の面接に進むことができてうれしかったのは言うまでもありませんが、最後の食事というのが気になっていたからです。

 

「次は、人事部長面接。その面接の後に食事をする。どういうことだろう。人事部長面接の前に食事をするのならまだわかる。だけど、受けてもいない面接の後に食事会がセッティングされているなんて・・・」

 

その疑問の答えは8年後、私が自分で会社を設立してから6年後に明かされることになります。

 

「次の面接も普段通りにやろう。素の自分を選んでくれるかどうか、それが一番大事だから」

 

その電話の5日後、覚悟を決めた私は人事部長面接に臨みました。

 

入枝克樹
「当時、リクルーターは複数の大学を束ねて、いくつかにチーム分けされていました。私はたまたま出身大学以外のチームで採用活動をすることになりましたが、今振り返っても良い経験ができたと思っています。人事異動の社内報では、大和に残っている平成11年生の名前を目にして『こいつもがんばっているな』と懐かしんだりしています。起業すること、事業を軌道に乗せること、事業を拡大すること、企業としての成長を続けること・・・永続することが大前提である企業のそれぞれのステージにおいて、それなりの苦労があった、また今後もあるものと考えます。大和の社内だけでなく、世間で『こいつは俺が大和の一次面接で上げた奴だ!!』と胸を張って言えるような社長になってください。平成11年生の増永君、平成7年で同期の金子君をはじめ、大和のDNAが流れているライブレボリューションの益々のご発展とご成功を祈願しております」

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お知らせ

01/31/2006

『プレジデントビジョン』書籍化第2弾!

〜未来の社長たちへのメッセージ〜
プレジデントビジョン 成功の方程式

《本書に登場する今もっとも注目を浴びているトップたち》

近藤 太香巳
(ネクシィーズ代表取締役社長)
森下 篤史
(テンポスバスターズ代表取締役社長)
西山 裕之
(まぐクリック代表取締役社長)
加藤 順彦
(日広代表取締役社長)
広野 道子
(21LADY代表取締役社長)
中村 利江
(夢の街創造委員会代表取締役社長)
平野 岳史
(フルキャスト代表取締役社長)
堀 主知ロバート
(サイバード代表取締役会長兼代表執行役員)

※本文掲載順(敬称略)

01/12/2006

『プレジデントビジョン』がついに書籍化!

〜未来の社長たちへのメッセージ〜
プレジデントビジョン 起業への情熱