起業家物語
『起業家物語』は発行者: 増永 寛之の体験に基づいたストーリーです。26歳で大企業を退職し、ベンチャー経営の世界に飛び込みました。全く経験の無い社長業、インターネットビジネスという異業種への参入などでさまざまな困難に遭遇しました。同世代の若い人たちにも是非、自分のやりたいことに勇気を持って挑戦していただきたいという想いを込めて綴っています。
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| 第56話 2007年2月4日 |
自分の持てるすべての力を通じて志望企業に貢献する
就職活動において重要になるのは「自己PR」と「志望動機」です。
「自己PR」は自分の過去を分析して導き出すものですから、じっくりやれば何とかなると思っていました。
また、「志望動機」は「相手を知らなければわかるはずがない」ということでOB訪問や会社説明会を重ねてから考えることにしていました。
就職活動は、私に限らず学生にとってははじめての経験です。誰しも不安を抱えています。そして、不安ゆえに幅広い業界をまわります。
「たくさんまわれば、一つくらいは内定を取れるだろう」
そういった考えで就職活動の前半を終えた私は「失敗した」と思いました。たくさんの業界や企業をまわっていたせいで「どの企業でも通用する汎用的な志望動機」を口にしていたのです。また「志望動機」と「自己PR」は別々のものと捉えていましたが就職活動の実際を知るにつけ、この二つが密接につながっていることを悟ります。
さらに、私は重大な『考え方』に気付きました。それは就職活動を終えた学生だけでなく、実際に就職して何年も働いている社員ですら未だに気付けない人もいるのではないでしょうか。
その『考え方』を中心に据えたことで、就職活動の後半は充実したものとなります。
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私は大学時代に同期の就職活動を見ていたため、かなり早い段階から就職活動を開始しようと思っていました。OB訪問の時期だけでいえば、他の学生よりも2,3ヶ月は早かったでしょう。
「幅広く業界を回って、自分にあった業界を見つけよう」
ほとんどの就活生がこのように考えます。
「俺はこの業界、この会社だと決めている」
就職活動を始める段階で、このように胸を張って言えるという人であっても、たいていは「滑り止め」や「保険」の意味合いで他の業界・他の会社もまわっているはずです。流石に一社に絞って、その一社から「不採用」を言い渡されてしまったら大変なことになりますからね。
不安に駆られた大半の就活生は、より多くの業界・企業をまわることに熱心になります。しかし、現実には、幅広くまわればまわるほど内定の確率は下がり、失敗することになります。
経営戦略の一つに「選択と集中」というものがあります。かつて、企業が巨大化する過程で「多角化」を戦略の中心に掲げ、「コングロマリット(複合企業)」となることを標榜するのが流行りました。しかし、その戦略は結局のところ「うまくいかない」あるいは「難しい」ということが明らかになりつつあります。そこに新たに登場した概念が「選択と集中」というものです。
よくよく考えてみると、経済の初期段階といえるような時代は、ほとんどの企業が「単一事業」でなりたっています。従って、そのような時代の経営者たちは「選択と集中」という概念には気付きませんし、気付けません。彼らは意図して単一事業に集中しているわけではなく、単一事業から始めるしかなかっただけのことですから。
ところが、しばらくすると「事業が一つでは不安だ」と考える人が出てきます。「収益の柱は一つよりも二つ、できればもっと欲しい。そうすれば、一つがダメになっても大丈夫だから」といって、新しい事業(業界)に進出していきます。
はじめは「うまくいっている」と感じます。実際にうまくいったのです。しかし、うまくいった理由は、「誰が何をやってもうまくいく」という時代だったからでした。
1980年代後半の日本のバブル経済を思い出してください。誰もが土地の転売で大儲けしたでしょう。その連鎖でほぼすべての業界が潤いました。「経営戦略」や「経営の本質」などを知らない人たちでもうまくいった時代で、誰もが「俺は天才だ」と思っていたのです。結果はご存知のとおり。調子に乗っていろんな事業に手を出したところでバブルが弾け、己の実力を思い知ることになります。
せっかく進出した事業や業界から撤退するのは惜しいものです。「撤退する」という決断は経営判断の中でも特に難しい部類に入ります。ある意味で勇気も必要です。撤退予定の事業の中には優良顧客を抱えたものもあったと思います。業界内である程度の知名度を獲得していたかもしれません。しかし、ビジネス環境が厳しくなると、片手間でやっている程度の事業では勝てなくなっていきます。「専業」でやっている企業にはどうしても勝てないのです。
コングロマリット(複合企業)の経営者は、すべての業界に精通しているわけではありません。ですから、不得意な分野の競争では競り負けることになります。不得意な分野に人材や資金を投入し続けるとどうなるでしょうか。いずれ不得意な分野が得意な分野の足をひっぱるようになり、勝てるはずのところまでも勝てなくなります。
そしてようやく「本業に回帰する」という戦略を打ち出します。これがいわゆる「選択と集中」です。さまざまな分野に分散させていた優秀な人材を本業に呼び戻し、不要な人材をリストラし、利益を出す―経営者は手を広げすぎた反省から、この「選択と集中」の重要性を身に染みて理解するに至ります。
まさにこれと同じことが、私の就職活動においても当てはまりました。自分の強みを理解し、その強みを活かせる業界・企業だけに絞ってまわることの大切さに気付いていませんでした。よって、様々な業界をまわることにし、採用活動を本格化させた業界から順にまわることになります。
おそらく、採用活動を開始するのが早い業界の代表は「マスコミ」です。従って、最初に手をつけたのが「マスコミ」になります。
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「ふむふむ、まずは作文からか」
あるテレビ局の「アナウンサー職」の募集要項を読み、さっそく作文を書いて提出しました。すると「次の選考にお進みください」という通知が来たのです。正直、このときは「楽勝だ」と思いました。
リクルートスーツに身を包み、初めての面接に臨みました。志望動機は就活本からのパクリを暗記し、自己PRは3分間で話せるようまとめてありました。ところが、記念すべき初めての面接にしては、あまり気合が入っていませんでした。なぜならば「最初は落ちても仕方がない」と割り切っていたからです。
「単なる腕試しさ」
落ち着いてドアをノックし、部屋に入ってから一礼して席に着きました。部屋の奥には窓があり、今にも雨のふりそうな曇り空が広がっています。その窓の手前には、二人のぱっとしないおじさんが二人座っていました。彼らはギロっとした目で私をにらみつけ、予想外の言葉を私に投げつけました。
「なんで大学院生がこんなところに来るの?」
私はその第一声に驚きました。
「挨拶どころか、なんだその失礼な言葉は・・・」
それが就職氷河期ゆえのことなのか、この会社の人間性に問題があったからなのか、はたまた「腕試し」と考えていた私の心を読んだからなのかはわかりませんが、とにかく、その大人とは思えない対応にやる気が完全に失せてしまいました。
準備してあった自己PRと志望動機を機械的に伝え、「質問は?」という問いかけに対し「結構です」と応じて返ってきました。当然、結果は不採用です。
「どうせアナウンサーになる気はないから、もういいや」
結局、マスコミで面接を受けたのはこの一社のみでした。
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就職活動中というのは、ある意味で様々な企業の社員と接する機会があります。そんな中で、自分がお客様として対応される場合と就活生として対応される場合のギャップに驚くこともありました。
「この人は、私が就職活動を終えたら、お客様に戻るということを理解しているのだろうか?」
そんな疑問がわいてくるような不遜な態度・横柄な態度で接してくる人が意外と多く、企業の「表の顔」と「裏の顔」を見る思いがしました。そして、「会社って信用できないかも」と感じました。
残念な結論を言ってしまえば、世の中の会社の多くが表と裏の顔を使い分けています。それが当たり前すぎて、この問題に疑問を持つ人がいないくらいです。
「どこにいっても所詮は同じ」―であれば、「裏表のない企業を探そう」と考える人がいなくても当然でしょう。当時の私も、裏表のない素晴らしい企業を見つける術を知らず、また「これが当たり前」という感覚に陥ってしまったために、この軸は私の選択基準から外れることになります。
その会社で働く社員のうち一人でも不遜な態度・横柄な態度をとるような人がいれば、それはイコール「ダメな会社」と言われてしまう可能性がある―社員一人ひとりが会社を代表しているという自覚がなければならないはずなのに―採用に携わる人というのはその会社の中でもトップクラスの人材であるはずなのに―不快な思いをするたび「こんな会社は高が知れている」と感じました。
私が面接で「駄目な会社だな」と思った代表例をご紹介しておきましょう。その会社もまた、後に経営が行き詰りました。社員が駄目な会社は長くは続かないのだとつくづく感じます。
その会社の説明会では、創業者の志をかっこよく紹介するビデオを見せられました。クリーンなイメージで、クレジット業界に変革を起こそうとしていました。オフィスの立派さも手伝ってか「こういう会社が業界と社会を変えていくのかもしれない」と思いました。
会社説明会の直後にそのまま一次面接をするというスタイルでしたので、私はすぐに面接会場に案内され、小分けにされたたくさんのブースのうちの一つに入りました。
「なんか、この人の目つきは嫌だなぁ」
少し相手を馬鹿にしたような目をしていて、笑顔というより「ニヤリ」といった雰囲気を漂わせています。
普通に自己紹介と志望動機を伝えた後、これまた予想外の質問が飛び出しました。
「今夜の巨人・阪神戦はどちらが勝つと思う?」
がっかりしました。この会社もまたダメな会社だなと。
私は中学受験のための塾で、塾講師のアルバイトをしていました。その仕事のうちの一つに「模擬面接の面接官」というものがありました。私立中学の入試には面接がつきものです。この塾では、受験シーズンになると必ず大規模な「模擬面接」を開催していました。
「はい、それではドラえもんの四次元ポケットがあったらどうしますか?」
一日に100人ほどの子どもたちを相手に面接をやっていると、面接官はどうしても飽きてしまいます。後半になればなるほど、面接官たちは奇抜な質問を考えて、退屈しのぎを始めてしまうのです。私もそんなダメ面接官の一人でした。これが逆の立場になってはじめて「自分は子どもたちになんてひどいことをしていたんだろう」と反省しました。
「奇抜な質問のどこが悪い。どんな状況でも臨機応変に対応できるかどうかを見ているんだよ」
子どもたちへの質問内容を正当化するべく、もっともらしい理由を作って、自分に言い聞かせていた気がします。しかし、それは単に自己中心的な考えに基づいた言い訳に過ぎませんでした。
「この面接官もヤッツケでこなしているだけなんだろうな」
それが見抜けてしまうだけに、まともに応える気がしませんでした。もちろん、この面接も不合格になりました。
「自分が採用の面接官になったら、絶対まじめにやろう。相手の将来がかかっているという責任感を持って臨もう」
当時の想いが経営者になった私や当社の面接スタイルにもあらわれています。もし私が経営するライブレボリューションの面接官に駄目な人をあてれば、学生の皆さんからたいへんな批判を浴びることでしょう。そして、将来の大切な仲間を失うだけでなく、将来のお客様までも失うことになるでしょう。表舞台ともいえる「ビジネス」だけでなく、裏舞台である「採用」においてもしっかり対応できる人材の育成に励んでいます。
世の中には面接中にセクハラをする採用担当者までいるようです。企業体質のあらわれだと思いますね。
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本格的とはいわないまでも11月頃から就職活動を始め、年が明けてからは多岐に渡る業界の会社説明会に参加し、面接も重ねました。ところが、3月に突入した時点でも内定が出ていないことに焦りを感じ始めました。
「なんで採用してくれないんだよ。働かせてくれれば絶対に成果をあげてみせるのに」
「あんな短時間の面接で何がわかる。企業側に見る目がないんだ」
自信過剰な私といえども、「なぜ落ちたかわからない」という状況に不安を覚えました。
「外見が特別ダメだというはずはない。礼儀作法だっていいほうだと思う。学歴で弾かれているなんて考えられない。父の勤めていた会社が倒産してからはアルバイトで稼いだお金だけで学費を払い、それでもこれまでちゃんと生活してきたほど自立した人間だ。大学院ではマーケティングについて勉強している。六本木のバーで飲食店経営について少しは学んだ。一応、簿記の資格だって持っている。英語だって大学院受験に合格するレベルだし、2ヶ月間の語学留学にもいっている。プレゼン能力・コミュニケーション能力は4年間に及ぶ塾講師のアルバイトで相当なレベルに達しているはず・・・」
私は、企業に提出する履歴書の「雛形」を手にとり、そこに書かれた内容を眺めました。
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[ 履歴書 ]
ふりがな ますなが ひろゆき
氏 名 増永 寛之
生年月日 1974年4月○○日生(満23歳)
現住所 東京都・・・・・
電 話 03・・・・・
学 歴
1993年3月 奈良県立奈良高等学校卒業
1993年4月 横浜国立大学経営学部経営学科入学
1997年3月 横浜国立大学経営学部経営学科卒業
1997年4月 早稲田大学大学院商学研究科修士課程入学
1999年3月 早稲田大学大学院商学研究科修士課程卒業見込み
職 歴 なし
免許資格 普通自動車第一種運転免許、日商簿記3級
通勤時間 約1時間
扶養家族 0人
配偶者 なし
扶養義務 なし
志望動機 業界内でトップを狙えるポジションにあり、常にチャレンジングな製品(サービス)を提供し続ける御社に興味を持ちました。また、国際的に業務を展開しているだけあって、MBAの留学制度なども充実し、国際的に通用するビジネスマンを目指す私には最適な環境であると感じました。是非、御社で成長したいと思っています。
自己PR 私は「自律した個」です。大学一年生のときに父が勤めていた会社が倒産し、そのために自分でアルバイトで稼ぎ、学費と生活費を捻出してきました。単に働いてお金をもらうというだけでは成長がないと考え、プレゼン・コミュニケーション能力が上がる塾講師、経営について理解を深められる飲食経営のサポートをしました。これらの経験により自らを律し、どのような環境でもひとりで自立出来る力がつきました。
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「うーん、一体何が悪いんだろう・・・」
決して履歴書で落とされるということはありませんでした。しかし、面接で落とされる原因を探る手がかりとして、履歴書の雛形を再確認したのです。
「やっぱりわからないや・・・。こうして落とされていると、なんだかこれまでの自分の人生と人格をすべて否定されているような気がしてくるなぁ」
就職活動の早い段階で、一つくらいは内定をもらえるだろうと楽観的に考えていただけにへこみました。そして、抜本的に何かを変えなければならないと思いました。
「このままじゃ就職浪人かな」
そんな危機感さえ芽生えました。
「何かが違うんだ。今の戦略のどこかに欠陥があるんだ・・・」
私は目を閉じて「なぜ、落とされるのか」と頭の中で繰り返し唱えました。
何度も何度もその問いを繰り返しているうちに、ふと「なぜ、落とさなければならないのか」「なぜ、通してはいけないのか」という問いが脳裏を過ぎりました。
「待てよ、どうして面接官は『落とさなければならない』と考えたのだろう」
ここに来てはじめて、「私」の立場ではなく「面接官」の立場を意識しました。
「面接官いや企業の側に立って考えてみよう。どうして『落とさなければならない』と思ったのだろうか。そして、企業はどういう人が欲しいのだろうか」
私はカバンからノートとボールペンを取り出し、企業側の立場でイメージしたことを思いつくままに書き出しました。
1.「入社後、こいつは活躍できそうだ」というイメージがわくかどうか。
2.明確な理由がない奴は志望度が低い。明確な志望動機を言えるかどうか。
3.当社の考え・社風になじめるかどうか。
4.きちんとした受け答えができるかどうか。
5.わがままな奴はいらない。素直な人間かどうか。
6.学歴があるかよりも結果を出す能力があるかどうか。
7.お客様を大事に出来るかどうか。
etc.
さらに、就職活動の全体像を「反省した点も含めて」簡単なチャート(図表)にしてみました。

企業側の立場を考慮しながら作業を進めるうちに、なぜ『落とさなければならない』と思われてしまったのかがわかりました。
「そうだったのか・・・僕は・・・僕は自分のことしか考えず、企業側の立場で考えるということを全く意識していなかったんだ。自分がメリットを得ることしか考えず、相手にメリットを与えようという考えが欠落していた・・・それが雛形として使っていた自己PRや志望動機の文章からもなんとなくわかるな・・・」
それまでの私の考えは明らかに「企業は僕に何をしてくれるの?」「企業は僕に何が出来るの?」ということだけでした。
「海外に行かせてくれるか」「研修制度は整っているか」「給料は高いか」「チャンスを与えてくれるか」「新規事業をやらせてくれるか」―そういったことしか考えていませんでした。
企業側の立場に立てば「働いてくれてナンボ」の世界のはずです。それなのに私は「このように働いて、このように御社に貢献します」ということが頭にありませんでした。いくら才能があり、優秀であったとしても、ビジネスマンとしての基本的な部分が欠けている人間に魅力があるはずはありません。
大事な前提条件を欠いた戦略、つまり「就職活動においては企業側の立場も考慮しなければならない」ということを無視した戦略は、根底から間違っていました。そして、間違っていたことに気付いた以上、直ちに戦略を見直さなければなりません。
ひとつの新しい「気付き」を得たことで、そこから雪崩を打ったように他のアイデアが次々と浮かんできました。
「企業側の立場で考えるためには、企業側のことをもっと知らなければならない。今までのように手当たり次第に業界や企業をまわっても意味がない。時間は限られている―だから、100社まわれば、一社あたりに割ける時間は100分の一になる。たくさんまわればまわるほど、一社あたりの調べる時間や取り組みの時間が減ってしまう。業界や企業は絶対に絞らなければならない」
では、どのように絞るのか。
「すでに20年以上も生きているんだ。その間で興味を持った業界や企業に絞ればいい。別に現時点で『ここなら内定する確率が高い』という業界や企業があるわけじゃない。どこを選んでも確率は同じようなものだろう。であれば、現段階で思い当たるところに絞ればいいのだ。確かに、まわる業界を減らすことは不安でならない。まわらなかった業界の中に素晴らしい企業・自分に向いている企業があるかもしれない。しかし、すべての業界・すべての企業をまわることは現実論として不可能だ。むしろ、現段階で『入りたい』と思う業界や企業こそが自分に向いていると考えるべきだ」
二人の就活生がいたとします。同じ才能であれば、どれだけその企業のことを調べ、思い入れを持っているかが勝負になります。業界や企業を絞れば、それだけ一社当たりに割ける時間が増えます。どうせ入る企業は一社しかないのです。そして、入りたいと思える企業も実際には限られています。
私はこのとき、興味のある分野に徹底的にフォーカスする覚悟が出来ました。
このときから「自分の持てるすべての力を通じて志望企業に貢献する」という『考え方』を新しい戦略の中心に据えることにしました。
この考え方は、幸運にも(不運にも)苦労することなく内定を勝ち取ってしまった就活生には思いもよらなかった考え方でしょう。私の身の回りで、こんなことを考えて就職活動をしている学生は一人もいませんでした。もっといえば、就職してからも「会社が何をしてくれるの」「会社からどんなメリットが得られるの」「会社はどのような成長機会を与えてくれるの」といったことばかり考えている人が大勢いるのです。
まずは「志望企業」というよりも「志望業界」を決めなければなりません。当時の私は、特定の企業への思い入れが全くなかったため、いきなり企業を決めることは出来ませんでした。
「今、一番興味があるといえる業界は・・・金融!金融の中でもお金を扱うところ・・・銀行か証券会社!よしこの二つに絞ろう」
実際、「一番興味がある」と自信を持って言える業界だけに「この能力で、こんなことに貢献できる」というイメージがはっきりとわきました。
志望企業に貢献するためには、当たり前のことですが、はじめに志望企業を決めなければなりません。志望企業が決まってから自己分析をすると「志望企業に対して、この能力では貢献できるけれども、この部分では貢献できない」ということが明確に出来るというメリットがあります。
就職活動前半で行った自己分析は、特定の企業のことなど一切考慮せずに「これが出来る。あれも出来る」という感じで洗い出していました。いうなれば「これならどの企業でも貢献できそうだな」という強みしか挙げていませんでした。
「なるほど。本来、自己分析と志望動機は密接に結びついていなければならないんだ。今までこの二つを結びつけることが出来なかったのは、興味のない業界や企業も回ろうとしていたからだ」
まず業界を絞っただけでも大きな手ごたえを感じました。それから、もう一つ感じたことがあります。
「なんだか恋愛みたいだな」
好きな人のことは何でも知りたくなります。そして、知れば知るほど好きになっていきます。逆の立場を考慮しても「自分のことをこれだけ好きでいてくれるなら」という感情がわくことを容易に想像できます。
就職活動前半の私は、採用担当者から「うちのことなんか何も知らないくせに」と思われていたに違いありません。適当な想いで「好きだ」と迫ってこられたら嫌な気分になりますよね。それから、恋愛でもいろんな女性に目移りしている男性が嫌われるように、企業選びも目移りしていると嫌われます。
「確かに、第一志望の企業を決める必要がある。しかし、今この時点で第一志望を決める必要はないはずだ。なぜならば、僕と企業との恋愛は始まったばかり、いや始まってもいないのだから。僕はまだ、直接志望業界の企業と接しているわけではない。お互いの接点は『面接』であり、決めるのも『面接』のはずだからだ」
私の当時の状況を恋愛にたとえるなら、まだどの女性ともデートをしてないのと同じ状況でした。こちらは様々な企業の資料やパンフレットを持っていますが、実際に企業を訪問したわけではありません。まさに、お見合い写真のようなものをたくさんテーブルの上に並べてあるだけの状態でした。
お互いのことやお互いの想いは、実際に会って確かめるべきだ―私は面接をそのような場として位置づけました。
「最初は、こちらが企業を選ぶものだと思っていた。そして、実際に面接で落とされてみて、企業が学生を選ぶものだと思った。でも違うんだ。どちらも対等なんだ。選び選ばれる関係なんだ。そして、恋愛と同じく相性の問題なんだ」
結局のところ、やはり恋愛と同じく「相性」という結論に達しました。好きな女の子(女性の場合は男の子)にはじめてフラれるとショックですよね。もう立ち直れないんじゃないかというくらいに(笑)。
「俺のどこが悪いんだよ・・・すべてかよ・・・」
そんな感じで落ち込みます。しかし、恋愛経験を重ねるにつれ「相性だな」と気付くわけです。従って、面接で落とされても自分自身を卑下する必要や自信を失う必要はありません。
絶世の美女と絶世の美男が結婚するわけでもなく、最高の頭脳を持つ男性と同じく最高の頭脳を持つ女性が結婚するとも限りません。人にはそれぞれ「好み」があり、恋愛には「意外だ」という組み合わせがつきものです。同じく、世界最高といわれる企業に、優秀な人材から順に入社しているわけでもありません。恋愛で外見や年収だけで相手を決めると長続きしませんし、就職もブランドや年収だけで決めると後悔する日がやってきます。
就職活動と恋愛にはまだまだ似ているところがあります。面接をデートと考えれば、「就職活動」はやはり「恋愛」だと思えてきます。そして、内定は婚約、入社式は結婚式と考えれば、「就職」と「結婚」はまさに同じ。結婚がゴールではないのと同様、就職もゴールではありません。
「結婚は『タイミング』っていうけれども、就職も全く同じだなぁ」
私は、就職活動期に金融業界に興味を持っていました。もし、前後3年ほどずれていたら金融業界に興味を持っていたかどうかはわかりません。私の場合はその3年後にはインターネット業界で起業していたほどですし。
就活生当時から見て結婚適齢期となった自分が、その時どのような女性が好みなのかもわかりません。結婚適齢期に出会い、結婚適齢期にいいと思った人と結婚するのでしょう。
「ほんと、目移りしていても意味がないんだな。この世に存在するすべての企業を見て回ることなど出来ないし、この世で最高の企業が見つかるまで探し続けるという考えもおかしい。僕はこの時点で一番興味がある金融業界を選び、その業界のうちのひとつの企業が僕を選んでくれたら喜んで入ろう。そして、その企業に貢献し、自分も幸せになれるよう懸命に働こう」
就職活動の前半の失敗から、私は戦略を転換し業界を金融に絞りました。そして、徹底的に金融業界を調べ、その中で自分にあうのではないかという企業にだけアプローチしました。
面接の場では正直な気持ちを伝えることにしました。正直にやってダメだったら「相性が悪かった」「縁がなかった」と考えるようにしました。正直にやって採用してくれたなら、そこが私にとって相性のよい企業であると考えることにしました。
お互いが正直になること―これが非常に大切です。もちろん、企業側が表向き、いいことしか言わない場合もありますが、少なくとも自分自身は正直な姿勢で就職活動に臨むべきだと思います。
就職活動をしている学生の中には、「内定をとる」という短期的な目的を達成するために「嘘をついてでも」と考える人がいるのではないでしょうか。しかし、それはお金を得るために詐欺を働くのと何ら違いはありません。
「嘘もつき通せば真になる」
そうやって内定をとるまで嘘をつき続け、目的を達成する人も中にはいるのでしょう。しかし、それでは入社してから困ることになります。内定を取ることはゴールではなく、スタートです。嘘をついて入った人間の働きぶりに企業は落胆し、そのような人を重用することはないでしょう。実力がないことがばれたり、企業文化になじめなかったりすると、入社後の約40年は台無しになってしまうでしょう。そのような就職に果たして意味はあるのでしょうか。
今の就活生であれば、もしかしたら「転職すればいい」と安易に考えているかもしれません。その程度の考えしか持っていない人は、結局いつまで経っても転職を繰り返すのがオチです。そのような人が幸せな毎日を送っているとは思えません。
更にいえば「更なる年収アップ」を狙って転職活動を繰り返している人も私の周りでよく見かけます。確かに「キャリアアップ」という言葉にすれば聞こえはよいかもしれませんが、年収アップを目的とした転職の繰り返しは「私、お金のために生きているんです」と履歴書に書いているようなものです。職場にだって「お金より大切なもの」がたくさんあると思うのですが・・・。
私は戦略を転換したことで、最終的に運命の企業と出会い、就職することになります。それが、私を新卒として採用してくれた大和証券でした。


