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Today's President

Today's President

2007年2月14日 vol.519

株式会社アイレップ 代表取締役
高山 雅行 氏

クライアント側に立って自分たちがどうすべきかを考える

プロフィール

ムービー


起業家物語

『起業家物語』は発行者: 増永 寛之の体験に基づいたストーリーです。26歳で大企業を退職し、ベンチャー経営の世界に飛び込みました。全く経験の無い社長業、インターネットビジネスという異業種への参入などでさまざまな困難に遭遇しました。同世代の若い人たちにも是非、自分のやりたいことに勇気を持って挑戦していただきたいという想いを込めて綴っています。

第55話『就職活動開始【就職活動編スタート】』へ戻る 第53話『「どこへ行くか」よりも「だれと行くか」』へ

 第54話 2007年2月4日

六本木のBAR(バー)で学んだこと



徳江順一郎(現在、アトレイユ・コーポレーションの代表、早稲田大学BSC研究所客員研究員、長野経済短期大学非常勤講師。早稲田大学大学院時代の一学年上の先輩で、私の在学中は早稲田大学大学院商学研究科修士課程に在籍。昔から(今でも)謎めいた存在でした・・・)
「増永は、とにかく物凄い自信の塊でしたね。それが今では無くなったんじゃなくて表現がソフトになったという印象を受けます。うちのお店で働いていたとき、ときどきその自信家の一面を覗かせる会話をお客様としていたので、結構ハラハラしながら眺めておりました。そんな増永も、僕には一応上司(?)ということで一目置いてくれていたような雰囲気でした。それはそれで自分の自信のひとつにもなりました」

 

アメリカから戻った私はクレジットカードの利用明細を見て驚きました。

「よくもまぁ、こんなに使ったよな・・・」

もともとお金の無い私がアメリカに行くことができたのは奨学金のおかげでした。しかし、それだけでは足りず、手持ちのお金を遥かに超える金額を使い込んでいました。

「せっかくアメリカに来たのだから堪能しなければ」

やるときにはとことんやる性格が、お金を使う際にも出てしまったのです。クレジットカード会社への返済については、当時の塾講師のアルバイトだけでは足りませんでした。

「そうだ、徳江さんに相談してみよう!もしかしたらお店で働かせてくれるかもしれない」

 

 

早稲田大学大学院に来て一番不思議な存在だったのが徳江さんという先輩です。徳江さんはいつもタクシーで移動していました。私はそれまで、自費でタクシーに乗ったことなど一度もありませんでした。

「なんでタクシーみたいな値段の高い乗り物を使うんだろう?」

そんな疑問を徳江さんにぶつけてみたところ「税金対策さ」という言葉が返ってきました。

「税金対策ってなんだろう?」

そのためにはちゃんと領収書(レシート)をもらわなければならないと徳江さんは言っていました。学生の頃にはそれが何のことやらさっぱり分かりませんでした。

 

フランス人のような気品、色白、皮製の大きなカバン、仕立ての良いジャケット・・・時計から何から、いつも高価なものを身につけていました。今で言うところの「セレブ」の語感がぴったり似合う雰囲気を漂わせ、その後ろに照沼さん(同じく早稲田大学大学院の先輩)がぴったり張り付いていたことでも、金回りのよさがあらわれていたと思います。

 

「徳江さんは何のアルバイトをしているのですか?」

「アルバイト?アルバイトではないんだけど・・・うーん、コンサルタントだよ」

「何のコンサルタントをしているのですか?」

「BAR(バー)の開業だとか、お店を流行らせたりする企画を考えたりとか」

「それって月にどれくらい稼げるんですか?」

「70万円くらいかなぁ」

「70万円ですか!!」

 

徳江さんは私がアメリカに旅立つ直前に「自分のお店を作ったんだよ」と言っていました。

 

「徳江さんのお店でアルバイトをさせてもらえば、お金も稼げて、お店の経営のこともわかるかもしれない」

 

そんな私のお願いを徳江さんはあっさりと承諾してくれたのです。当時は全く気づいていませんでしたが、徳江さんのような人を「学生起業家」と呼んだのです。しかし、徳江さんの場合は「会社」を設立したわけではなかったこともあり、単に「お店を作ったんだな」としか思っていませんでした。

 

私は基本的にお酒を飲むことが出来ません。大学院に入学する際に受けた健康診断でも「お酒をあまり飲めない体質みたいですね。万一、無理やり飲まされそうになったらこのカードを相手に見せなさい」と言われました。「飲めない人」を証明するようなカードをもらうくらい飲めないわけです。

そんな私が六本木のBARで働くことになったのです。もちろん、バーテンダーとして。

 

「徳江さん、本当に飲めなくてもいいですか?」

 

バーテンダーの仕事はカクテルを作ることです。美味しいカクテルを作るためには、味が分からなくてはならないはず。お酒が飲めない、お酒の味がわからないという私が本当にバーテンダーとして務まるのか・・・飲めなくても大丈夫と言われても、不安がなかったといえば嘘になります。

 

 

1997年10月、六本木の駅から歩いて3分程度、ただし「一見さんではわからないだろうな」というお店を私は訪れました。

「BAR・FEEL(仮名)」

あるビルの裏手の階段を地下に向かって降り、緑色に塗られた木製のドアを開けると、取り付けた小さな鐘が「カランカラン」と音を立てます。広さは坪数にして7坪程度でしょうか。8人ほどが掛けられるカウンター席と2組分のテーブル席がありました。いかにも「手作り」といった雰囲気が漂いつつも、親しい人間であればむしろ「居心地が良い」といった感じで、徳江さんの人柄のようなものを垣間見ることが出来ました。

「はじめまして。本日入った新人の増永です。よろしくお願いいたします」

見習いバーテンダーということで、カウンターに立ちつつも、ほとんどが先輩まかせという状態。

「これは僕の趣味、いや別に変な趣味じゃないですけど、かっこいい奴しか使わないんですよ」

徳江さんはそんな風にお客さんに自慢していました。このお店にはほかにも男前のバーテンダーがいて、なんと照沼さんまでがその一員だということでした。

肝心のカクテルを作ることが出来ない私は、ひたすらお客様との会話を盛り上げることに努めました。

「増永、ちょっと」

徳江さんから声をかけられたので店の外に出ました。

「ここにメモってあるものをコミュニティーストアで買ってきてくれないかな?」

それは単なる「お使い」の仕事でした。

「もちろんですよ。緊張していたのでありがたいです」

私は念のためと思ってメモに目を通しました。

「ここに書いてある『ドンペリ』って何ですか?」

「有名なシャンパンだよ」

「そんなものがコンビニに売っているんですか?」

「六本木だからね(笑)」

「では、行って参ります!」

「領収書をもらうの、忘れないでね〜」

 

階段を駆け上がり地上に出たところですぐに右に曲がり、外苑東通りに出て30秒ほど東京タワーのほうに歩くと、例のコンビニの看板が目に入りました。

「本当にこんなところにあるのかなぁ」

そんな疑いを持ちつつ店内に入ったわけですが、置いてあったということよりも一番奥のドリンク売り場で目にしたドンペリの値段に驚きました。

「7,000円かよ!」

普段、お酒を飲まない私には信じ難い値段でした。

「シャンパンってことは、一度栓を抜いたら飲みきらなきゃいけないよな。こんなの誰が注文するんだろう」

私は、「領収書」というものを生まれて初めてコンビニの店員さんに書いてもらいました。

「宛名はどのようにいたしましょうか?」

「アテナですか?」

何を聞かれているのかちんぷんかんぷんです。

「とりあえず空白にしておきましょうか?」

「ぜひ、そうしてください」

領収書にはどんな意味があり、どんな使い道があるのか、この頃の私は分かりませんでした。

 

「徳江さん、戻りました〜」

すると徳江さんは店内のお客様に向かって大きな声でアナウンスを始めました。

「皆さん、ドンペリが来ましたよ」

「じゃ、もらおうかな」

軽いノリでした。後で知ったことですが、そのお客様はお店の常連さんだったそうです。

「まいどあり〜」

徳江さんはそういって、カウンターの裏にあった伝票に「ドンペリ、30,000円」と書き込みました。

 

 

午前2時を回り、最後のお客様が席を立ちました。

「と、徳江さん、質問があるのですが」

「どうしたの?」

「ドンペリのことなんですが、高すぎじゃないですか?仕入れ値で7,000円、それにも驚きましたが、これを30,000円で売るなんて・・・バレたらどうするんですか?」

もし、先ほどのお客様が近所のコンビニに立ち寄り、値札のついたドンペリを目にしたら烈火のごとく怒って戻ってくるのではないかと心配したのです。

「あ、あれね。ほかの店だったら5万円とか10万円で出してるけどね」

「ええっ!?」

六本木の夜の世界は、それまで見たことも聞いたことも、そして考えたこともない別世界でした。

「確かに原価はそうかもしれない。だけどね、お店としては人件費、水道光熱費、お店のテナント料・・・それらをまかなわなければならないじゃない?」

 

「でも、高すぎませんか?普通は原価の2割から3割とかじゃないんですか?詳しいことは分かりませんけど、少し歩けば手に入るものを3倍とか4倍とかで売るなんてイメージが沸きません」

 

私の質問を聞き終わった徳江さんは、カウンターの席に座ってタバコに火をつけました。

 

「なるほどね。だけど、お客様は30,000円でも喜んで注文したのはどうしてかわかる?」

「その場で値段を言わなかったからじゃないですか?」

「値段を聞いてからじゃないと買えない人は注文なんてしないよ」

「だったらどうしてですか?」

「あの値段で注文しても本人は満足しているからさ。では、何で満足したかだけど、仕入れ値と売値の間には僕たちのサービスが付加価値として加わっている。そこに満足しているといっていいだろう。考えてみてくれ、こちらはドンペリの仕入れ値を知っているけれども、お客様は知らないよね?だったら、30,000円で満足している人には、その値段から仕入れ値をいくら引いても満足度は変わらないじゃない?今回は30,000円から7,000円を引いたら差額が23,000円でしょ。簡単にもっと儲けたければ、同じお客さんに30,000円で売るドンペリを5,000円で仕入れてくればいい。そうすれば25,000円の粗利が出る。もし仕入れ値の7,000円を変えずに儲けたければ、40,000円の値段を提示しても喜んで買ってくれるようにサービスをすればいい。わかるかい?」

 

私が入学したのは大学院のマーケティングコースです。ですから、受験勉強でたくさんのマーケティングの専門書を読みました。自分なりには専門家としての自信が多少なりともあったのです。ところが、机にかじりついているだけでは見えてこないものが、この「BAR・FEEL」にはたくさん詰まっていました。

領収書をもらわなければ費用を確定できず、確定できない分には税金を課せられてしまう・・・たとえ業務とは直接関係ないものにお金を使ったとしても(通学のためのタクシー代とか)領収書を切って費用として計上すれば、その分税金が少なくて済む・・・なるほど、単なる一学生には領収書の知識など必要ないことだったかもしれませんが、経営者であれば知っていなければならないことでした(業務に関係ない交通費は問題ですけどね)。

 

「サービスっていっても、いまいちピンとこないだろうけど・・・うちなんかはお客様一人ひとりの注文した履歴、好み、客単価、あらゆるものをデータベースとして残しているんだ。いわゆる『データベースマーケティング』ってやつを実践している。どうすればお客様が喜び、それに対してお金をどれくらい払ってくれるか。はたまた、どんな人間を雇い、その人間とどのお客様を会わせれば話が盛り上がって、気に入ってくれて、またリピートしてくれるか。それらもすべて含めて、うちのサービスなんだよ。お客様が喜んでお金を払ってくれる限り、どんな値段でも構わない。今日のお客様は常連だから、データから喜んで払ってくれる値段は知っていた。結局、仕入れ値と売値の差額はうちにとっての利益であると同時に、お客様に対する『サービスの価値』なんだと思ってくれれば大丈夫さ」

 

徳江順一郎
「なにより面白かったのは、増永が一社目の内定をとってその報告のためにお店を訪れたときのこと。元同僚のバーテンダーから『そんなもんかよ』みたいに言われ、それに対して真剣に反論していて『負けず嫌いなんだなぁ』と痛感した覚えがあります。そういう『負けず嫌いさ』が、きっと今の増永をライブレボリューションの経営者足らしめているのかもしれません」

 

徳江さんは、私がバーテンダーの経験が無いばかりかお酒を飲むことさえできないにもかかわらず採用してくれました。当時不思議だったことも経営者として経験を積むにつれ、理解できるようになりました。徳江さんは学生の頃から「技術よりも人が大事」ということを理解し、採用面でそれを実践されていたのです。

まずはカクテルを例にとってお話しましょう。カクテル作りに力を入れているお店であれば、どこへ行っても味に大差はありません。使っているリキュールも同じであれば、混ぜる分量も差が無いからです。突き詰めていけば、味の差や技術の差では勝負できないのがBARの世界なのです。

では、どこで差をつけるのでしょうか。お店の内装でしょうか。お店の立地でしょうか。これらは確かにカクテルそのものよりは差をつけやすいと思います。資金力がありさえすれば如実にその差を生み出すことが出来るでしょう。

ところが、それではコストが高すぎて値段を上げざるを得ません。資金力のあるお店同士の戦いになると、結局はコストの割に儲からないという構図になります。

 

様々な点で差別化を図るべくいろいろ取り組んだとしても、最後の最後で「絶対にこれがなければ意味が無い」というものがあります。それは「人」の問題です。

どれほどカクテルの味が良くても、どれほどお店の内装や立地が良くても、カクテルを出し、対応してくれるバーテンダーや店員がダメだったら・・・そのお店は流行らないのです。嫌な人のいるところに誰がお金まで払ってまで足を運ぶのでしょうか。

逆に、多少の味の差やお店の差があったとしても、「今日も会いたいな」という人間がいるお店のほうが選ばれます。もしかしたら、味やお店の内装よりも差が出やすいのが人材の質なのだといえるかもしれません。あまりお酒を飲むことが出来ず、味にも疎い私でも、カクテルの本に書かれているとおりにリキュールを混ぜれば、それなりの味を作り出せます。従って、私を採用する際にお酒が飲めるかどうかなんて関係なかったのでしょう。

同じことは「代理店ビジネス」のような「どこから買っても同じ商品」という場合にも言えます。どこの代理店から買っても同じ商品なのであれば「値段の勝負」になることがほとんどです。すぐに値引き競争になるのがオチでしょう。

当然のことながら、値引きには限界があります。仕入れた値段以上に値引くことは命取りであり、そんなことを長期間に渡って続けることなど出来ません。

では、何で差がつくのでしょうか。値引きでも差がつかなくなってしまえば、やはり最後は「人」なのです。笑顔で対応してくれることかもしれませんし、迅速に対応してくれることかもしれません。

「彼に頼めばいちいち説明する必要が無い」

そんな風になるまで長い付き合いができるなら、それは人間関係を構築する能力に秀でたた担当者のなせる業といえるかもしれません。リピーター(繰り返し買ってくれるお客様)になってくれる場合は、特に担当者の人柄に負うところが大きいと思います。

 

当社ライブレボリューションの経営で最も重視しているもの―それは、まさしく「人材の質」です。どんなビジネスでも技術は真似できますし、価格の差にも限界があります。技術や価格で勝負することのなにより問題だと思う点は、それらの差を縮めることは短期間で出来てしまうことです。

しかし、「人材の質が重要だ」ということはどの会社でも公言しています。ただ、他社のこだわりと当社のこだわりには決定的な違いがあります。一口に「人材の質」といっても、その人の知識、技術、経験、資格等のスペック的なものよりも、人格や性格の面を重視しています。なぜならば、人材においても技術といったスペック的なものは教育などである程度、短期間でその差を埋めることが出来るからです。ところが、人格や性格の面での差を縮めることは容易ではありません。どうやら他社の場合は「人材の質」といってもスペック的なことに目が向いているようです。

「あちらの会社とこちらの会社は社員数が同じ100名だけれども、あちらの会社の社員はみんな性格がいい。ところがこちらの会社の社員の性格はみんな悪い。だから、こちらの会社の社員をみっちり教育して性格を改善させよう!」

果たして、そんなことが出来るでしょうか?まず不可能でしょう。技術や知識であれば、ある程度研修し、実務の中に身を置かせれば何とかなります。ところが、人の性格を変えるなど、それがたとえ自分の子供であっても難しいことなのに、ましてや20年近く別々に暮していた人の性格を変えるなんてことは極めて困難なことだといえないでしょうか。

「あちらの会社」と「こちらの会社」では、採用の時点から違うのです。もし、同じようにいい性格の人ばかりにしようと思ったならば、すでに雇っている100名全員を辞めさせ、新たに性格のいい人だけを100名採用しなおさなければなりません。それには膨大な時間とコストがかかるでしょう。

 

私も、会社を設立した当初はその重要性に全く気がつきませんでした。経験を積むにつれて、経営で大切なものは何か、人材を採用する上で大切なものは何か、それが徐々に分かってきました。そして、それがたとえどんなに困難なことであっても、すなわち性格や人格の優れた人だけを採るということが難しいことであっても、ここにフォーカスして辛抱強く採用することにこだわるようになったのです。

「理想の企業を創りたい」

私の理想を実現するには、仲間を選ぶ際に性格や人格の面で妥協することは許されません。

これは徳江さんの「趣味」、いや別に変な趣味の話ではなくて、私の場合は「こだわり」といえる部分ですね。

 

 

徳江潤一郎
「あと、増永はとてもマジメだなと思っていました。彼女を大切にして、さらにいつも時間のある時は自習室にこもって・・・飲んだくれていた僕とは全然違っていました。マジで修士三年生の頃は『増永を見習って勉強しないと卒業できない!』って、勝手にベンチマークにさせてもらいました。先輩として言えることは、昔ながらにまじめに頑張るのもいいんだけれども、もうちょっと『遊び』の要素も持てばいいんじゃないかなって、それだけかな(笑)」

 

 

「徳江さんって凄い人だ」

 

就職活動をひかえていたため、短期間しかアルバイトをすることができませんでしたが、本では学べないようなことを、徳江さんの哲学を交えて教えてもらうことが出来ました。

 

「僕はね、将来ホテルをつくるんだよ。そのホテル一軒の存在で、僕を『ホテル王』だと認めるような。そしてそのホテルは、僕の死後もずっと続くはずさ」

 

徳江さんがその夢を叶えたとき、つまり『ホテル王』と称されるようなホテルを開業したとき、私は飛び切り高価なシャンパンの栓を抜いてお祝いをするつもりです。

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お知らせ

01/31/2006

『プレジデントビジョン』書籍化第2弾!

〜未来の社長たちへのメッセージ〜
プレジデントビジョン 成功の方程式

《本書に登場する今もっとも注目を浴びているトップたち》

近藤 太香巳
(ネクシィーズ代表取締役社長)
森下 篤史
(テンポスバスターズ代表取締役社長)
西山 裕之
(まぐクリック代表取締役社長)
加藤 順彦
(日広代表取締役社長)
広野 道子
(21LADY代表取締役社長)
中村 利江
(夢の街創造委員会代表取締役社長)
平野 岳史
(フルキャスト代表取締役社長)
堀 主知ロバート
(サイバード代表取締役会長兼代表執行役員)

※本文掲載順(敬称略)

01/12/2006

『プレジデントビジョン』がついに書籍化!

〜未来の社長たちへのメッセージ〜
プレジデントビジョン 起業への情熱