先着ネット始動
4月に入り、いよいよ新規事業である『先着ネット』のオープン日が近づいてきました。新しい事業の立ち上げを経験したことのある人ならわかると思いますが、激務の中にもワクワク感があり、あっという間に時間が過ぎてゆきます。それまでやらなかった仕事が急激に増えてくることにより、一日の時間の使い方も劇的に変わってしまいます。
『先着ネット』がオープンするまでの1週間、私はまさに無我夢中、ほぼ不眠不休で仕事に取り組んでいたのでした。
2001年04月04日(水曜日)。
この日は久しぶりにメンバー全員が中延オフィスに集まりました。
「高木さん、報告ありがとうございました。では飯野さん、財務状況について報告してください」
経理・財務を担当していた飯野さんが口を開きました。
「先月末のキャッシュフローを出してみたのですが、予想以上の現金が手元に残っています」
「そうですか!やっぱり現金があるとうれしいですね(笑)」
私は、そう口にしながらみんなの顔を見渡しました。皆もやはりほっとした表情をしています。
当社の創業後4ヶ月は売上がゼロでした。その間、用意した資金の半分が消えてしまいました。そして、「あと4ヶ月でお金がすべてなくなってしまう」という状況に追い込まれていました。私は、お金がなくなっていくという恐怖におびえていました。
ところが、この頃になるとそんな恐怖を感じることもなくなっていました。『先着ネット』の開発やその他の投資をするために、おびえていた当時よりも現金は減っていましたが、「常駐コンサルティング事業」がうまくいっていたため、安定収入を確保できていたからです。
ただ、この日は少し気になっていたことがあり、私はそれを皆に話しました。
「中国の張さん(仮名:『先着ネット』のシステム構築を依頼しているエスコム(仮)の社長)からこの前電話があって、もしかしたら『先着ネット』の開発費用が追加で必要になるかもしれないとの事です」
その追加費用がいくらになるのか・・・私には想像がついていませんでした。
「もともと200万円で作ってもらっているんだから、多少の追加費用は仕方ありません。あと、ネットマイル(インターネット上の共通ポイントサービス)にも広告を100万円分出すことが決まっています。もう後戻りはできませんからね」
『先着ネット』のオープンを4月10日に控えているのです。私の言葉には、自分たちのこれまでの決断を正当化したいという想いも込められていました。
「じゃ、今後の大まかな予定を決めましょうか」
ここ3週間の業務報告が終わると、私たちは、『先着ネット』に関する作業と予定を以下のように決めました。
4月5日夜: NYのバグつぶし終了。
4月8日昼・夜: LR(当社:ライブレボリューション)メンバーの知り合いだけで、実際の先着応募を体験。
4月9日: 『先着ネット』プレオープン。ユーザー登録受付開始。
4月10日: 『先着ネット』正式オープン。ネットマイルでオープンキャンペーン。
4月10日〜5月31日: 毎週必ず何かを出品する。メールマガジン『先着ニュース』の発行。
5月1日: 『先着ネット』の広告枠の販売開始
5月31日: ネットマイルキャンペーン終了、目標ユーザー獲得数2万人。
6月1日: 『先着ネット』のグランドオープン。LR以外の参加企業によるプレゼントの出品開始。
「ということで、このスケジュールどおり進められるようがんばりましょう!」
結局、この日は中国やニューヨークにある提携企業の方たちと電話をしたり、バグとりをしたりと慌しく過ぎてゆきました。中延オフィスに住み込んでいた私に限っては、翌朝の7時までそれらの作業を続けたのでした。
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2001年4月9日(月曜日)。
「昨晩も大変だったなぁ」
プレオープン日の前夜にLRのメンバーだけで行った『先着ネット』の実験は失敗でした。
先着応募の受付時間にみんなでアクセスしてみたところ、アメリカのデータセンターに置いてある『先着ネット』のサーバーが頻繁にダウン。その時はまだ一般ユーザーが一人もいなかったのでよかったものの、ユーザー登録の受付を開始する前日ですらサイトが止まってしまうというのは問題です。これでは非常に先が危ぶまれました。
また、ほぼ徹夜で中国の張さんと復旧作業をしている最中に、電話で例の追加費用の打診を受けたのです。
「増永さん、この前お話した追加費用の件アルが、200万円ほどになりそうアル」
それをきいた私は内心驚きました。
「えっ!それってこれまでに支払った開発費用と同じ額じゃないか・・・」
私は、その言葉をぐっと飲み込みました。
「200万円ですか・・・仕方ありませんよね・・・」
200万円で完成させるといって契約していたにもかかわらず、さらに同額を上乗せしてきたのですから話が違います。しかし、私たちは既に”前払い”で200万円を払い込んでいました。加えて、ネットマイルへの100万円分の広告出稿が決まっている以上、ここでプロジェクトを中止するわけにはゆきません。
「手元現金はありますから、もちろん払えなくはありまえん。ただ、これできちんと『先着ネット』は完成するのでしょうか?」
「大丈夫アル。中国人の人件費は安いアルから、これで大丈夫アル」
「わかりました。では、みんなに相談する時間もないので、社長権限で決済することにしますね」
「ありがとうアル。増永さん、申し訳ないアルが、そちらも前払いでお願いアル」
手元現金にゆとりがあると聞いていたこともあり、最後の200万円だと思って支払う約束をしました。ただ、その約束をしたせいもあり、わずかな仮眠を取ろうとしたものの安眠できずに朝を迎えました。
私は布団から起き上がると、すぐにPCを立ち上げて『先着ネット』の管理画面を開きました。すると、ユーザー数が増えていました。
「ついに一般ユーザーが登録し始めたぞ!」
実際には、登録したユーザーの大半は私の知り合いでした。システム的には既にユーザー登録ができるようになっていたため、知り合いの人たちへは昨夜のうちに『先着ネット』の紹介メールを送っていたのです。
「よし、あとは登録してくださった方たちが、先着プレゼントの受付時間にアクセスしてくれるかどうかだな」
第一回目の先着プレゼントの受付開始時刻はお昼の12時。私は、その時の感動を今でもよく覚えています。
「凄い、凄い、凄い!ついに『先着ネット』が始動したぞ!」

※今となっては貴重な現存する『先着ネット』の唯一の画像
画面中のデータはダミーです。
先着の受付を開始すると、20名もの人たちが応募してくれました。しかも、受付終了までに応募ボタンをクリックしてくれた数は104。「誰も応募してくれなかったらどうしよう」と思っていただけに、予想を超える応募者数と自分で考えたシステムが現実に動いたという事実に悦びを感じずにはいられませんでした。
ところで、もしかしたら「あれ?」となった方がいるかもしれません。本来なら、応募者が20名であるならば、クリック数も20でなければなりません。ところが、そうではなく104まで増えたのにはワケがあります。『先着ネット』は厳密にいうと、先着順だけではなく「後着順」というものがあったからです。
たとえば、「12時受付開始:先着10名、後着10名」というプレゼント企画があったとします。すると、12時から受付を開始し、その30分後に受付を締め切ります。しかし、実際には「先着ボタン」と名づけた応募ボタンを押した最初の10名には先着順でプレゼントし、終了時間からさかのぼって後着10名にもプレゼントをするという仕組みなのです。そのほうが先着順だけで行うよりも、楽しめるのではないかと考えていました。
応募したユーザーが当選したかどうかは、不正のチェックも含めて一時間ほどあとにメールで通知します。ただ、応募者はそれまで当選しているのかどうかがかわからないため、本当に欲しいものであれば終了間際にもまた「先着ボタン」をひたすらクリックすることになります(『先着ボタン』は何度でも押せるようになっていました。)。
結果として、ページビュー(閲覧数)がグンと上がるわけです。当時はこのページビューがサイトの価値をはかる上で重要な指標となっていました。我々は集中アクセスによるシステムダウンを犠牲にしてまでも、このやり方にこだわったのでした。
続いて二時間後に行われた第二回目の先着受付でも18人が参加し、クリックが2000まで伸びました。
「やった!これは成功するぞ!」
そう確信したのも束の間、この18名のうちの4名がLR関係者であり、彼らが2000クリックのうちの大半を占めていることが判明しました。しかも、第三回目の先着受付の商品がゴルフボールであったからでしょう、早くも応募者数が当選者数に届かないという事態が発生してしまいました。
「これはやっぱり、登録ユーザー数が増えないと盛り上がらないなぁ」
ユーザー数が増えなければ、プレゼントを出品してくれる企業も増えません。逆に、プレゼントがなければユーザーも増えない・・・そんなジレンマに陥る危険性を感じました。
このほか、問題がユーザー数だけにとどまらないこともわかりました。懸念していたサイトダウンが何度も起こったのです。たった10名20名そこそこが参加しただけで簡単にサイトが止まってしまいました。集中的なアクセスがあるとはいえ、20名弱でこれでは先が思いやられます。さらに、当選通知のメールも「文字化け」が起こることがわかりました。中国で開発していたことが、こんなところに影響を及ぼしました。とはいえ、システムの構造的な問題は、早速払い込んだ追加の200万円で解消されるはずです。
「まぁいい。プレオープンでは課題が明らかになっただけでもよしとしよう。それに、明日は正式オープンだから腹をくくってスタートさせるしかない」
私は、この日に明らかとなった問題点をメールにまとめて、中国の張さんに送りました。すると張さんからは、こちらが送金した200万円のお礼と課題を早期に改善するという旨が書かれたメールが返ってきました。
「増永さん、『先着ネット』は必ずいいサイトになるアルよ」
私もそれを疑っていませんでした。ところが、この4月末には思いもよらなかった窮地に立たされることになります。なんと3月末には「予想以上」に手元にあった会社の現金が、わずか1ヶ月後には”すべて”なくなってしまったからです。
それは、張さんから私たちに突きつけられた、開発費に関する「まさか」の要求によるものでした。
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