グローバルメディアオンライン株式会社 代表取締役会長兼社長 
熊谷 正寿 氏 『 夢のリスト 』
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グローバルメディアオン
ライン株式会社 代表取締役会長兼社長 熊谷 正寿 氏
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PRESIDENT
2004年01月14日 vol.97

グローバルメディアオンライン株式会社
代表取締役会長兼社長  熊谷 正寿  氏

夢のリスト

グローバルメデ ィアオンライン株式会社

【事業紹介】


個人のお客 様向けサービス

・アクセスサービス
 『BB plus
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 『だれでもインターネット

・メールサービス
 『FreeML
 『ふくびき.com
 『Mailin
 『Point Mail

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 『おみせナビ
 『ツウハンモール
 『e- sumai.com
 『CHAT.CO.JP
 『Apure
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 『MyNeeds
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 『revlis
 『レ ンズモード
 『パ ソびましょ
 『まな とも
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・ドメインサービス
 『お名前.com
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・デスクトップサービス
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 『mypop
 『メールチェック


法人の お客様向けサービス

・ドメイン事業
 『お名 前.com

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 『interQ OFFICE
 『Xteam
 『iSLE
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 『レンサバ 本舗.com(ブロードサーバー)
 『レンサ バ本舗.com(まるごとサーバー)

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 『おまかせウェブ
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 『GMO IT化支援コンサルティング
 『おみせナビ
 『ツウハンモール
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 『mailDM
 『まぐクリック
 『e- sumai.com
 『ふくび き.com
 『Mailin
 『Point Mail


・リサーチ事業
 『GMO Research

・その他事業
 『パテント・インキュベーション・キャピタル株式会社
 『GMO総合研究所株式会社
 




夢のリスト


【増永】 起業 の経緯をお願いいたします。

【熊谷】 
僕は21歳のとき、一人4役やってい ました。 父の実家で働く社会人、通信教育で勉強する学生、20歳で結婚して夫、 21歳で子供が生まれて父親。 一人4役をこなしていたので実に時間がありませんでした。 友人は皆学生でしたから学生生活は遊びで謳歌しいて、それに引き換え僕 は非常に時間がなかったのです。

朝起きると会社に行って、夜22時23時まで働い て、0時を回ることも多く、家に帰るとやっぱり奥さんも不機嫌な時が多 くて。 これ言うと怒られますが、奥さんをなだめてから娘と遊んで、その後二人 が寝静まってから勉強して、という繰り返しでね、正直肉体的にも精神的 にも非常に苦しかったです。

当時実家で働いていましたが給料は凄く安かったの で、お金も時間もなく、自分で選んだ道とはいえ、本当に後悔した時期も あるんですよ。

今はもちろんそういった後悔はしていませんが、当 時は凄く後悔したんです。 あまりにも苦しかったので、ある日、手帳にやりたい事、将来やりたい 事、なりたい自分、を書き連ねました。 そしたら非常に胸がスッと楽になったんですよ。 今はこうだけど将来こうしてやるって。 それをどんどん習慣化していくうちに結局自分が手帳に書いていたことっ て、僕が将来やりたいことの「夢のリスト」だったわけですね。

まず僕が二十歳の前半の頃に1番最初にやった事 は、その手帳に夢を書き連ねるという事でした。 それから2番目にやった事は、たくさん書き連ねた夢を整理したくなった ので、その夢をピラミッド上にジャンル分けして、そのピラミッドの中に 書き写していったのです。 。



下段の真中が「健康」、その左右に「精神・心」と「教 養・知識」を配し、この3つを「基本レベル」と名づけました。 その土台の上に「社会生活」と「家庭生活」という2つのジャンルを設け て、ここを「実現レベル」にしました。 そして一番上の所を「経済」ということで「結果レベル」にしました。 ここにその夢のリストから書き写すという作業をして整理し、プライオリ ティーをつけたんですよ。

一番下の基礎レベルという部分をまずやれば、自ず と実現レベルの社会生活とか家庭生活は実現するでしょうし、その実現レ ベルが上手くいけば、結果として物とかお金とかの経済レベルが後からつ いて来るであろうというように、人生の優先順位を付けたんですよ。 で、20代の頃というのはこの一番下の健康とか教養とか心のあり方の目標 達成に集中しようと考えた訳です。

やっぱり明確に自分の目 標とか夢を決めて細分化してアクション(行動)したからだと思うんです よね。


次に「人生年表」というのを作りました。 普通、年表というのは過去のことを言いますが、僕は逆に未来の自分の設 計図を作りました。 未来年表に人生ピラミッドの中から、そのやりたい事をどんどん書き写し ていきました。 人生ピラミッドの中に書いた将来の夢を人生年表の将来の所に書き記し て、さらに、正直に今の自分とそのギャップを書いていきました。



それを何歳までに達成するというようにゴールを決め て、このギャップを細分化して書き込んでいくわけです。 つまり毎年やらなければならない事が明確に見えてくるのです。 例えば、当時僕は凄く太っていて体重を落とす場合、現在の体重が何キロ で理想体重が何キロだとすると、その差が落とすべき体重ですよね。 その差を10年で埋めようとするならば、毎年その差の10分の1が減量目 標となるんですよね。 まあこんな感じですね。 別の例で言うならば、貯金が全くないから貯金をしょう、何歳までにいく ら貯める。 その為には今年はいくら貯めなければならないと細分化してというのと同 じ事です。

仕事の面でも心のあり方の面でも教養の面でも幾つ までにこういう事をしようと決めて、自分の未来の設計図を作ったという のがこの3番目のアクションでした。 これらがすべて、今の事業のベースになっています。

特に仕事の分野では、当時35歳までに何かの分野で ナンバーワンを取って会社を上場させようと決めていたので、それが全て の人生のベースと社会生活のベースになって、コツコツずっとやってきた という感じですね。

当時これは15年計画で、35歳までの年表でした。 なぜ35歳だったかというと、当時の紙のサイズが35歳までしか書けなか ったからなんですが(笑)。 結果として僕が上場したのは35歳ではありませんでした。 36歳と1ヶ月だったので目標からするとちょうど一ヶ月遅れでしたね (笑)。

当時は今みたいなヘラクレスとかマザーズという新 興市場がなかった時で、ベンチャーはジャスダックに上場するって事にな っていました。 当時、会社を創ってから10年以内に上場出来る確率というのは、野村総合 研究所の調査でいうと1000万分の17でした。 つまり創業後10年以内に上場できる会社というのは100万社あって1.7社 しかなかったわけです。

今は新興市場が出来ましたので短期間で上場できる ようになりました。 当時その100万分の1.7の狭き門をくぐれたのはなぜかと言うと、やっぱ り明確に自分の目標とか夢を決めて細分化してアクション(行動)したか らだと思うんですよね。 それ無くしては短期上場とか自分が決めた事を達成するという事はなかな か出来ないと思います。


【続く:1/4】


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