「最近の若者は漢字を知らない」なんて言われたりもしますが、別にたいしてそれを知らなくても困らないから、それでいいこともあるんですよ。その一方で携帯メールの文化圏が確立され、そこでは先ほどのような文字がおおいに受け入れられている。
改革というのは、そういうことなのではないでしょうか。最初はすごい批判を受けているけれども、しばらくすると否定していた大人がそこに近づいてきて、新しい文化が成立されていく。オタク文化もアニメ文化も全部そうですよ。「漫画ばかり読んで」と叱られていても、漫画化していかないと人は読まず、そうなってくると社会はそれを推進するしかありませんよね。
一見、知能指数が低いように感じるかもしれませんが、時代というのはそういうものだと思います。
時代は変わっているのです。今やテレビや携帯電話、メール・・・見るもの、読むものがたくさんある時代です。昔はそういったものが数多くなかったから、1つのものをじっくり読む時代だったんです。
でも今は読むものがたくさん溢れているから、それまでのようにどれもこれもじっくり読んでいく―そういった時代ではなくなってきているわけです。
それよりも、私たちは先へ先へと回っていかないと、次なるヒットを生み出せないのではないでしょうか。
それを行なう変革者というのは、常に大きな抵抗を受けることとなります。抵抗・反対する者は非常にたくさんいて、でもそれに砕けているようでは1つの大きな変革は起こせないですね。
若者が変わっていくことは、時代の変化の特徴でもあり、またそういうことをやっていく人がいなかったら世の中は陳腐化していってしまうと私は思います。
最近では、ファッションにおいても日本は海外から注目され始めているんですよ。でも当の日本人が意外と自覚していなくて、日本人の若者の持つ凄さというのを日本人そのものが認めていない―それは年配者が価値判断してしまっているからだと思っています。
音楽にしても絵画にしても、アメリカなど海外で評価されてから、日本でも受け入れられることが多々あります。こんなばかげた話はない。日本人にはもっと“褒めるリスク”をとって欲しいと思います。
● 褒めるリスクとは、どのようなことですか。
何事も褒めるには、リスクがあるんですよ。もしかして駄目になる可能性もありますからね。だからニューカマーに対して賞賛するというのは、かなりの勇気を必要とする。これは起業家にも同じことが言えると思います。
【続く:9/10】