私には大和証券の社長になる気はありません
沢田支店長(仮名)の引止めをうけた私は、翌朝再び佐野さん※と共に支店長室を訪れました。※(現在、某支店の支店長を務める。私のチューター)
「増永、本当に辞めるのか?」
支店長の問いかけに、私は「はい」と答えました。
「お前、お金はあるのか?資本金がないと会社をつくれないぞ」
当時の私は、頂いたボーナス(80万円)をすべて学生時代につくらざるを得なかった借金の返済に充てることにしていました。したがって、手持ち資金はゼロといっても過言ではなかったのです。
「お金もないのに起業だなんて馬鹿げてるぞ」
確かに、2000年6月末時点ではお金はありませんでした。しかし、会社を立ち上げる予定の8月8日までには1000万円を用意するつもりでした。
「お金はなんとかします。もしお金が集まらなければ、私に信用がなく、社長になる素質がなかったということです」
私には最初から辞表を撤回する気はありませんでした。支店長が折れるまで粘るのみです。
「お前は、出世して大和証券の社長になりたかったのだろう?」
その支店長の言葉をきいて、はっとしました。それは私が大和証券に入社したその日から公言していた夢なのです。
もともと中学生の頃からの夢が「大企業の社長になる」ということでした。その夢をかなえるためには大企業に入社するしかないとおもっていました。だから私は、勉強に力を入れ、まさしく大企業である大和証券に入ったのです。
社員数が千人単位の会社ですから、問題がないということはありえません。世間で言うところの「大企業病」にもかかっていたとおもいます。しかし、愛着がありました。何の実績もなかった私を新卒で採用してくれたわけですし、一緒に働いていた方たちもいい人が多かったのです。そして、私も大和証券の一員として、「若手が大和証券を変えていかなければならないんだ」と燃えていた時期もありました。
ところが、いつしかその情熱は「起業して自分の会社を大企業にする。理想の企業を創る」といった夢に注がれるようになっていました。大和証券を変えることにも限界を感じていました。
私は、「これが最後の言葉になってしまう」と感じながらも、思い切ってそれを口にしました。
「沢田支店長・・・もう」
「もう?」
「もう、私には大和証券の社長になる気はありません」
一瞬、あたりの音がすべて消えてしまったかのような感覚を覚えました。
支店長は肩を落としました。
「増永、わかったよ。私はもう何もいわない」
「支店長・・・」
「やるからには成功させなさい。アマゾンが成功しなくても、お前は成功しろ」
「ありがとうございます!」
私は元気よく、そして笑顔でお礼を述べました。しかし、どこか心の中で寂しいものを感じました。もう、これで大和証券での未来が完全に絶たれてしまったのです。一生をかけて働こうとおもって入社した会社との別れがこんなに寂しいものだとは知りませんでした。おそらく、「辛い」とか「嫌だ」とか、そういったネガティブな理由で辞めるわけではなかったからでしょう。やはり大好きな大和証券から離れてしまうことは寂しいのでした。
「増永、私はお前に成功して欲しい。でも、その道のりが大変であることもまた現実だ。もし、お腹が空いたりしたらいつでも私のところに電話をかけてきなさい。ラーメンでもおごってやるからな(笑)」
このとき、やはり私は大和証券で一番の支店長とめぐり合っていたんだなとおもいました。その言葉は、いつまでも忘れることはないでしょう。
これまでお世話になったことを支店長に深く感謝し、お礼を述べて佐野さんと共に支店長室を出ました。
★ ★ ★ ★ ★
辞表を正式に受理されたことで、私はそれまでお世話になった方々に内線電話をかけたり、面会したりしながら、御礼をしてまわりました。
「もしもし、渋谷支店の増永です。筒井(仮名)さん※ですか?このたび大和証券を退職することになりました。これまでありがとうございました」※(筒井さん:大和証券の先輩。後にライブレボリューションの取締役となる高橋将雄と金子真歩を私と引き合わせてくださった恩人)
「そうかぁ、ついにやるかぁ。おめでとう。じゃぁ、西役員(仮名)にも退職の挨拶にいかないとな」
私は驚きました。
「西役員にですか?!」
西役員は大和総研の役員で、新春講演会の際に私がパワーポイントで資料を作らせていただいた方です。(第86話参照)
「西役員はお前のことを気に入っていたからな。黙って辞めたら悲しまれるだろう」
「でも、役員の方にご挨拶だなんてできるんですか?」
「大丈夫、俺がアポを取ってやるからさ」
こうして、私は大和総研に出向くことになりました。
★ ★ ★ ★ ★
大和総研は、東京駅北口のまん前にある大和証券本社よりも東に少し離れたところにありました。
既に夕方であったことと、その日は曇っていたこともあり、大和総研の本社ビルを見上げると、そのバックの空がとても低く見えました。
私は受付で西役員との面会があると伝えると、女性に導かれるままエレベーターに乗り込み、かなり上の階まで連れて行かれました。そして、エレベーターを降りて驚きました。
「なんて立派なんだ」
大和証券渋谷支店のビルなどは比べ物にならず、大和証券本社ビルよりも豪華な内装だったのです。「これぞ、大企業の重役フロア!」といった雰囲気に包まれていました。
「こちらでお待ちください」
そう言われて入った部屋には既に筒井さんがきていて、窓の外を眺めていました。
「よ〜〜」
「筒井さん、こんにちは。それにしてもこの部屋は凄いですね」
おそらく重役用の会議室なのでしょう。広い部屋の中央に、大きな輪を描くようにテーブルが並べられていました。
「ここの円卓なら世界征服の秘密会議ができそうだろ(笑)」
私は素直にうなずきました。
しばらく待っていると、西役員が現れました。
「やあ、よくきてくれたね」
温厚そうな西役員は笑顔で私たちに接してくださいました。
私は席を立って深くお辞儀をしてから挨拶をしました。
「西役員、今日は退職の挨拶に参りました。これまで大変お世話になりました」
「まあ、まあ、座りたまえ」
私と筒井さんは、西役員が座っている席の反対側の真正面の席に腰掛けました。かなり大きな円卓だったため、こんなに相手と遠い席に座るのははじめてでした。
和やかな雰囲気の中、それまで私がやってきたこと、楽しかったこと、そして、これからのことを話しました。西役員はそれらにじっくり耳を傾けてくださいました。
「なるほど。そうか・・・とても残念だよ。僕も君に期待していた一人だからね」
「ありがとうございます」
「新春講演会のときの働きといい、本を書いたことといい、君は大和証券グループの中でもかなり特異な存在だった。そんな君ならこの大和証券を変えられるかもしれないとおもっていたのだが・・・」
すると、隣の席に座っていた筒井さんが口を挟みました。
「こいつは、今までの大和にはいないタイプでした。だから、何かやってくれると俺も期待していたんですけどね」
そのように言ってくださることをうれしくもおもい、また寂しくもおもいました。
「大和証券には筒井君をはじめ、会社を変えようという熱意ある若手がいる。ようやくそういった若手の改革が始まったところだったのに、とても残念だよ」
「増永、そうだぞ。本社には俺以外にもたくさん凄い人たちがいて、大和を改革しようと熱心に働いている。それにお前も加わっていれば、きっと大和も変わっていただろう」
当時の大和証券は総会屋との決別、持ち株会社への移行等を含め、ドラスティックに改革されつつありました。いわゆる大企業にしては驚くべきスピードで変化していたのは事実です。しかし、変われない部分もあると感じていました。
「西役員、筒井さん、そういっていただけることはありがたいことです。しかし、私は変革の限界も感じているんです」
これが最後ということもあり、私の持論を話しました。
「私も大和証券を変えたいとおもう時期がありました。そして、どうすれば変わるのかを考えたことがあります」
「ほう?」
「ところが、変えられないという結論に達しました。確かに、大和証券を変えようという若手がいることは事実です。そして、彼らは大変優秀です。でも、変えられない人たち、変わりたくない人たち、変われない人たちはその何倍もいるのです。残念ながら、私の同期入社の2年目の人たちをみても、そういった『変われない人たち』が大半を占めています。彼らは毎日のように愚痴をこぼし、お客様のことよりも自分たちのノルマのことを考えています。正直、根性の腐った人間もいます。彼らは一生変わらない人たちでしょう」
私は一呼吸して続けました。
「毎晩飲みに行っては会社や上司の愚痴・愚痴・愚痴・・・。会社全体のことを考える前に自分のことしか考えない・・・・。私はそういう人たちの意識改革ができるのかを考えました。ところが、7000人以上もいる会社ですよ、そんなにもいる会社の人の意識を今から変えることは果たしてできるのでしょうか?おそらく、同じ支店の人の意識すら、いえ、もしかしたら近くに座っている人の意識すら変えられないんじゃないかとおもったのです。自分の意識は変えられても、他人の意識を変えることはたとえ一人であっても難しいとおもっています」
西役員はあたたかい目で私を見ていました。ついつい私はもう一歩踏み込んだ話しをしてしまいました。
「もしかしたら『自分が社長になれば変えられるかも知れない』ともおもいました。しかし、やはりそれでも人を変える事は難しいとおもいました。また、人を変えるために、私が社長になるまで待つなんてことでは遅すぎるのです」
西役員は「そうか」とつぶやきました。
「私は、若い人たちに期待しているんだがなぁ・・・」
その西役員の一言に、私はさらに持論をぶちまけました。
「駄目なんです、若手では。何の権限もないんですから。本当の意識改革というのは上の人間からやらなきゃいけないんです。大きな権限を持つ西役員ですら、今の大和証券やみんなの意識を変えられないのですから、2年生のちっぽけな私では変えられるはずがないんですよ」
私は思わずそう口にしてしまいました。
的を射ているかどうかは別として、目の前に座っている役員を侮辱してしまったようなものです。
それでも、西役員は表情を崩さずに「君の言うとおりだね」といって笑っておられました。
本来は、組織のトップから意識を変えなければならないと私はおもいます。トップが崇高な志を持っていなければ、その組織に属する人たちに同じことを期待するのは無理でしょう。現実は、上に行けば行くほどドロドロとした権力闘争にあけくれているものです。私は、そんな人間たちの過去の負債を清算するのではなく、まっさらな会社で、”はじめから”高い志を共有できる人たちだけといっしょにやりたいとおもっていたのでした。
帰り道、筒井さんから「ハラハラさせるなよ(笑)」といわれました。きっと、筒井さんも私と同じようなことを考えていたのかもしれません。しかし、普通は社内で口に出せる話ではありません。おそらく、胸のうちにしまっていたのでしょう。
大和証券という巨大な企業では、やはり若手の声は上層部に届きにくいとおもいます。そんな会社の中で、最後に心ある西役員に想いを伝えることができたのは貴重な機会でした。
もし、その後さらに大和証券がよりよくなっていったとするならば、それは数少ない熱意のある若手たちや心ある役員の方たちの努力の成果だとおもいます。最後まであきらめずに、改革を続けている皆さんに私は敬意を払いたいとおもっています。ぜひ、不可能ともいえそうな巨大企業の変革を実現することを祈っています。
やはり、元いた会社、育ててくれた会社には立派であり続けて欲しいと願うものですから。
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