● その後大きく展開できる出来事があったのですか。
はい、その当時ヨーロッパのファッションを巡るツアーを企画した会社があり、私のもとにツアー参加の話が舞い込んだのです。そこでいちばん安い航空券を買って、イタリアやフランスを巡りました。
このときもやはりニューヨークでの経験が、おおいに役立ちました。というのも、高島屋で仕入れを担当して大当たりを出していたものですから、同じような要領で、自分の会社に取り入れられる新しいアイデアはないだろうか・・・とぐるぐる回って、アイデアを拾っていたのです。
そこで発見したアイデアを日本に持ち帰り、実際に作ってみたらこれが大当たりしました。「このやり方でいいんだ」ということがこのときに分かり、次にやるべきことが見えてきました。
● ニューヨークでの経験が、そのまま活かされているわけですね。
そういう意味では、自分が積極的にトライできる立場にいたニューヨークでの経験が、私にとって大きくプラスになっていると実感します。それに、起業することが思っているほど難しくはないということも体感しました。
そんなことを思いながらやっていると、幸いヒットも続き、一気に急成長を遂げていったのです。
そしてあるとき、ニューヨークでファッションフェアが開催されました。当時、日本の商品をアメリカで売りたいという日本のアパレル業者が集結し、アメリカでの勝負を夢見ていたんです。そうして、ニューヨークを拠点として商品の拡販を考えていたわけです。その想いのもと、「ジャパン・ファッション・フェア」というのが開催されました。
かつていたニューヨークですし、ニューヨークの人が好みそうなものもおおよそは分かる。そういう商品を持ち込んで参加したのです。
その結果、私が提案した商品が断トツでバイヤーランキングトップとなりました。
ここで大きな手応えを感じまして、その勢いで次は独自にニューヨークでファッションショーを開催しようということになったんです。実際にやってみたら、大ヒット。
当時、パリコレは“鑑賞”用であり、それに対してビジネス向けがニューヨークコレクションでした。そこにモダンアートを洋服の世界に取り入れて、勝負したい―そういう想いを持って、ニューヨークコレクションを開催したのですが、これで一気にブレイクしました。
ものすごい大反響となり、アメリカへの第一歩につながっていきました。そしてそれを足がかりとして、すぐにニューヨークとロサンゼルスにショールームを設け、ビジネスを展開していったのです。こうして、すべてが上手くいきました。
【続く:3/10】