起業準備
起業準備期間 ― それは、起業する者にとって、この上もなく楽しいひとときです。
大いなる可能性を胸に秘め、その実現に向かって一歩ずつ近づいている実感を味わえます。起業すること自体は誰にでもできるのですが、「起業する自分は凄い」という勘違いに陥りがちで、私もそんな自分に酔っていた一人だったと思います。
「会社を創る。凄いことだ。それを自分は成し遂げようとしている」
会社を創ることは単なるプロセスです。多少、法律も絡むため、手続きが難しそうに感じるでしょうが、時間と手間をかければ誰にでもできます。また、起業を決断することも別に難しい話ではありません。頭を使わなくとも決断できてしまうような代物でもあるからです。だから、起業すること自体は、凄いことでも偉いことでもありません。
やはり本当に難しいのは会社を興してからであり、単に儲けるだけならいざ知らず、「偉大な企業」を築き上げるには想像を絶する苦労を伴うことを、この頃の私には全く予想できていませんでした。まさに「先を知らないほうが幸せ」という毎日を過ごしていたと思います。
当社ライブレボリューションの設立準備は、仕事が休みである土日に行われました。その起業準備のミーティングは、2000年4月から同年8月8日まで土日は欠かさず行われていました。私は、万全の準備をして、スタート時点から大成功を収めるつもりでいました。
★ ★ ★ ★ ★
私たちは、ライブレボリューションを設立するために、渋谷ハチ公広場からスクランブル交差点を渡ってすぐ目の前に建っているQFRONTというビル(6F)のカフェ「ウブスナ」によく集まっていました。今(2007年時点)はもう既に閉店してしまっていますが、「ウブスナ」は、渋谷ビットバレーの関係者が使うことでも知られていて、IT関係者が気軽に使うのに勝手のよいお店でした。
「起業準備」では一体何をするのでしょうか。証券会社等に勤めていない限り、起業をしたことがない人にはあまりなじみはないですよね。おそらく、人によってもまちまちでしょうが、私にとっての起業準備の中心は「創業メンバーの人選」「事業計画書作り」「ビジネスモデルの研究」「創業資金集め」の4つでした。
まず、「創業メンバーの人選」はスムーズに進みました。大和証券の先輩である金子さん、野村證券出身の高木さん、横浜国立大学の同級生の飯野さんと景山さん・・・技術者(SEやプログラマー)がいないことだけは気がかりでしたが、私はこのメンバー構成に満足していました。
次に取り組んだのが「事業計画書作り」です。ほぼ同時並行で「ビジネスモデルの研究」も行っていました。ま、何のビジネスをやるかが決まっていなければ事業計画書を作れないわけですから当然といえば当然ですが(笑)。
起業する者のうちで、この二つのプロセスには手をつけないで会社を創った人は案外多いと思います。事業計画書においては、会社を設立した後も作成しない経営者が多いようですし、もともと勤めていた会社でやっていたことで独立する場合、ビジネスモデルを研究する必要もないでしょうし。
そして、最後に取り組んだのが「創業資金集め」です。私は貯蓄がないばかりか、借金を抱えていたくらいでしたので、資本金に充てるためのお金はありませんでした。ただ、私には会社設立予定日である8月8日までに1000万円を用意する自信がありました。
実際、私は7月1日から7月15日の間に1000万円を集めることになります。せっかく創業社長になったにもかかわらず、株を全く持っていないというのは「創業者利益」という観点からみて寂しいものです(笑)。この創業資金集めは証券マンであった私の本領を発揮するよい機会でした。
★ ★ ★ ★ ★
「カプチーノをお願いします」
私はカフェ「ウブスナ」につくと、必ずカプチーノを注文していました。カプチーノが好きということもありますが、「ウブスナ」のそれは特にお気に入りだったからです。
「高木さん、事業計画書はどこまで出来ていますか?」
毎週末、私たちは「ウブスナ」に集まると、まず各自宿題にしていたものを発表しあいました。中でも重要視していた事業計画書は高木さんが中心的な役割を果たしていました。彼は財務のパートを中心に、その作業を喜んで取り組んでいました。
実を言うと私は、あまり事業計画書を作ることは好きではありませんでした。面倒だということもありますが、表計算ソフトを駆使できるほど知識やスキルが当時なかったからです。その点、高木さんは数字を扱うのも大好きでしたし、私以上に表計算ソフトを使いこなしていました。ですから、資金繰り等は高木さんに任せ、私はもっぱら事業計画書の中でも、経営方針や経営理念や事業の魅力を伝えるといったところのパートの作成をしていました。
大和証券に勤めていてよかったことの一つに、大量の(そして、さまざまな)事業計画書を目にする機会があったことです。通常は、「事業計画書ってどう書けばいいの?」から始まるのではないでしょうか。
大和証券渋谷支店には、連日のように「うちの投資先の主幹事(上場させるメインの証券会社)を引き受けてください」とベンチャーキャピタル(以下、VC)の担当者が押しかけてきました。私はその対応をしていたのです。
持ち込まれる事業計画書は、稚拙なものから非常に完成度の高いものまで千差万別でした。その中には「これは投資したくなるよな」と思わせる事業計画書がいくつか含まれていましたので、私はその特徴を学ぶことが出来ました。ちょうど起業しようと思っていたこともあり、大いに参考にさせてもらいました。
では、当時持ち込まれた事業計画書の中で投資したくなるようなものの特徴を挙げてみましょう。
1.インターネットを活用したビジネスモデルが含まれている。
2.顧客もしくは仕入先等に関してネットワーク性のあるビジネスモデルが含まれている。
3.規模を拡大すればするほど「規模の経済性」(たとえば、大量生産をすることで製品1つあたりのコストが低下していくこと)のあるビジネスモデルが含まれている。
4.わかりやすいサマリーが最初にある。
5.経営陣の経歴(有名もしくはその分野の経験が豊富にある)に魅力がある。
6.売上・利益計画の達成根拠がきっちり記されている。
7.細かいところまでリスク分析がなされている。
8.出資者(株主)に大物がいる。
私は、この中でも最後の「大物株主がいるかどうか」を見ていました。有名大企業が出資しているか、有名ベンチャー企業の創業者が出資しているかというところが、案外大事であることを学んでいたからです。同じ1億円の出資でも、名のある人が出したお金よりも、名のある人が出したお金のほうが、価値は高いのです。
その理由を少しお話しましょう。創業期の企業というのは当然ながら実績がありません。ですから、どのようなビジネスモデルであるかということよりもむしろ「誰がその企業を評価して出資しているか」ということのほうが、その会社の信用に大きな影響を与えるのです。
もちろん、基本的には実績のない会社の主幹事を大和証券が引き受けることはありません。ところが、日ごろのVCとのお付き合いもあり、私たちは持ち込まれる案件に一つ一つ対応していました。
「起業後、VCからの資金調達は私に任せてください。一億円くらいは楽勝です」
私は「ウブスナ」でよく、創業メンバーたちにこういっていました。私が自信を持っていたのが、この「資金調達」の分野だと思っていたからです。
大和証券に勤めていたことで、有名なVCの担当者たちと仲良くしていました。そして彼らは私に「増永さんが起業するなら必ず出資させていただきますよ」といっていたのです。これが、私に自信を与え、「私が社長になるべきだ」という根拠にもなっていました。私は「人脈」を過信していることに全く気付いていませんでした。まさか彼らが、私が大和証券をやめるとコロっと手のひらを返してしまうとは思いもよらなかったのです。そう、彼らは自分たちの案件を大和証券に何とか扱って欲しいがゆえに、私を持ち上げていたに過ぎませんでした。私は、「看板」の大切さを後に痛感することになります。
「ビジネスモデルの研究」については、私が中心となって進めていました。理由は、私以外にインターネットビジネスについて詳しい人がいなかったからです。ビットバレーについて書いた本『ビットバレーの躍動』(仮題)出版のお手伝いのお陰で、約40人のネットベンチャーの社長の話を聴くことができました。「なぜ、どうやればネットビジネスがうまくいくのか」を彼らは強く訴えていました。それらの特徴を踏まえたビジネスを私はやろうとしていました。
最終的に私が選んだのは、EC(電子商取引)ビジネスです。ECビジネスの代表格は「楽天市場」と「アマゾン」でした。これらは今後市場が急拡大するだろうと私は考えていました。そこで、この二社のサービスのよいとこ取りをしたビジネスモデルを構築し、会社を急成長させようというアイデアを膨らませていました。
当然、私は自分の考えていたアイデアに惚れ込み、熱中し、「成功しないわけがない」と考えていました。ところが、このビジネスモデルは、会社を設立してから4ヵ月後に、日の目も見ないまま消えてなくなってしまう運命にあったのです。
★ ★ ★ ★ ★
基本的に、起業準備というのはとても楽しい活動です。私も大和証券以外の人には、起業準備をしていることを口にしていました。すると、会社の設立に興味のある若手公認会計士や弁護士などが集まってきて、いつしか起業準備のミーティングに参加するようになりました。そのお陰で、専門的な知識を無料で提供してもらえました。事業計画書作りと会社設立手続きについてはとても順調に進んだと思います。
こうして人が増えてくると、「ウブスナ」では人数の関係でミーティングができなくなりました。「ウブスナ」のよいところは、渋谷駅のすぐ目の前にあったことと、カプチーノがおいしいことと、「電源」がどの席にも備え付けてあったことでした。ミーティング中はノートPCを使用していたため、電源が必須でした。
人数が増えすぎてしまった結果、私たちは場所を「喫茶室・ルノアール(渋谷東急ハンズ前店)」に移すことになります。理由は店内が空いていた(失礼な話ですが)ことと、大勢で座れる席に電源が着いていたからです。駅から相当離れていましたガ、その距離とカプチーノの味には目をつぶることにしました。
この頃の私たちは、まさに夢と希望に満ち溢れていました。行く先に、大きな困難が待ち構えていることを覚悟していたつもりでした。しかし、それは単に「つもり」だったのです。予想をはるかに超える困難が待ち構えていようとは想像だにしていませんでした。
正直にいって、私はもう二度と起業したいとは思いませんし、起業準備もこの頃のように楽しくできるとは思えません。今の当社を超える企業を築く自信もありません。やはり、起業準備なんて完璧にやった「つもり」であっても、本来やるべきことの10%もできないことを後に思い知りました。
もし、今この時点で「俺は完璧にやったよ」という経営者がいるとすれば、それは思い上がりでしょう。起業未経験者が、起業準備を完璧になんてできるはずがありません。たとえ、経験者であっても同じことです。それほど起業して成功させるのは難しいのです。
私たちは最初の5年間でその大変さを経験しましたが、人によっては10年後に経験するのかもしれません。いずれにしても、年商が1000億円に達しようが、油断すればその成功は一瞬にして消えてなくなるのです。それが本質であることを気付けない人は、どこかで必ず倒れてしまうでしょう。
そういう観点から見れば、起業準備をしていた頃の私の評価は、100点満点でつけてせいぜい3点あげれば十分だったというところでしょうか。
青空の下、ワクワクしながら坂を上って起業準備のミーティングに向かう私は、その坂の上の先にある断崖絶壁の存在にまったく気付いていなかったのでした。
●毎週金曜日に連載する増永寛之著『起業家物語』のバックナンバーはこちら
|