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2007年10月5日 vol.609  
Today's President

株式会社ムジャキフーズ
代表取締役CEO 田代 隼朗 氏

字を見ればその日の本人の温度が分かる

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プレジデントインタビュー

字を見ればその日の本人の温度が分かる


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【増永】 それでは田代社長がこれまで20年社長業をやってこられて、これが経営の本質だ、ということがありましたら、ぜひ教えてください。

ご期待に応えられる回答ではないかもしれませんが・・・運がないと成長はできない、そして覚悟がないと維持ができない―これまでの経験でそう学んできました。そして自分には、運があるということに気付かされましたね。

私より能力があって、努力をしてこられている経営者の方というのは、世のなかにたくさんいらっしゃるかと思います。そういう方々に比べると、本当に私は努力が足りない、努力をしていないから他力本願的なことを考えてしまいます(笑)。

それでもなんとかここまでやってこられたというのは、やはり運が大きいということだと思います。

● 覚悟についてはいかがですか。

今日までくるには、山あり谷ありでしたが・・・谷のときには、踏ん張れた。これが覚悟につながります。

● 社長業を続けられているうえで、田代社長が常に考えていらっしゃることはどのようなことでしょうか。

常に考えていることは、“変化”ですね。この変化というのは、変わっていないように見せるために、変化していくものだと思います。

たとえばカップラーメン。時代の流れとともに、カップラーメンの味は変わっているんですよ。でも変わらぬ味と打ち出しているのは、消費者の感性が変わらないようにしているだけであって、実態は変化しているのです。

そうした変化を、ビジネスに取り込んでいきたいと常に考えています。だから、いつもなにか変えられないか・・・と思っているんです。

● これまでになにか変えてきたことというのは、ございますか。

実はトラスト方式も、最初は板長であるサラリーマンに権限委譲という形で任せていたんです。しかしその後、当人を独立させて独立した個人事業主に託していくという方法に変わっています。今後もまた日々少しずつ、なにかが変わっていくと思いますよ。

細かく言えば、毎月のようにいろいろなことが変わってきています。

よく言われるのが、「社長、この間はこう言っていたのに、今回言っていることは全然違いますね」。そう言われると私は「なにを言ってるんだ。地球は回っている。この前日本は、この辺にあったけど、今はここにあるんだよ。そりゃ、意見も変わるだろう」「なるほど」―こんな会話があったりします(笑)。

● 変化をさせるときというのは、たとえば現場を見ているから変えられるのか、現場から意見が上がってくるから変えられるのか・・・それとも、毎日のように変化しているから変えられるのか。どういったことなのでしょうか。

現場からの声ですね。これは今後も継続していきたいと思っているのですが、店舗側に日報を書いてもらっているんです。しかもメールなどではなく、直筆です。その店舗で働いている従業員たちから、一言ずつコメントを入れてもらっています。

日報は手書きなので、なかには本当に読めないぐらい字がきたないものもあるんですよ(笑)。でもきちんと書く人もいて、長文もあれば短文もある。書き方はさまざまで、その人の人間性というか・・・特徴が出るんですね。


 
 
 

変化というのは、変わっていないように見せるために、変化していくものだと思います。



● メールではなく、直筆にこだわっている理由を教えてください。

メールなどで行なうのが今では多く見られるかと思います。しかし、私はメールなんかには全然興味がわきません。誰が打っても、同じ字しか出ないじゃないですか。温度が感じられないんですよ。

一方、手書きの活字には温度があって、それを毎日感じることができます。字を見ればその日の本人の温度が分かる―これは私にとってすごく大切なことであり、他社さんには真似をしてほしくはありませんね(笑)。

メールだと、顔文字なんかも使ったりして表情を出そうとしているけれど、ほとんどが作られた文字を使っているじゃないですか。あれじゃ、全然気持ちが伝わらないですよ。誰からもらっても、同じですよ。

その点、直筆は顔も見たことがない、しゃべったこともない人でも雰囲気が伝わるんですね。だから直接会ったときに、瞬時に名前と一致するんです。「お前がAさんか、なるほどね」とか。

そうして書いてもらった日報は、お店からファックスで送信してもらい、必ず毎日時間をかけて読んでいます。

最近ではおかげさまで店舗数も増えているので、集まると相当の厚みになり、読むのに費やす時間もかなり大きいです。

● 効率化という意味ではメールのほうが良い気がしますが・・・みなさんの反応はいかがなのでしょうか。

おっしゃるとおり、周りからは「手書きだと、日報を書くのが遅くなります」と愚痴をいわれることもありますが、「メールなんかでは駄目だ」と絶対に譲りません(笑)。

メール派が多いせいか「メールであれば、みんなで一斉に共有できるじゃないですか」とも言われるのですが、「いやいや、なんと言われても、ノートだ」と返しているんです。

● 日報を読むにあたり、なにか工夫していることなどはございますか。

そうですね、毎回日報の並び順を同じにしています。いちばん最初から最後まで、すべて決まっているんです。だから毎日読んでいると、誰がどこにいるのか順番も覚えてしまいます。

毎回決まった順で読んでいると、日々の変化に気付きやすくなるんですよ。「この子は昨日はこうだったけど、今日はどうしちゃったんだろう」とか・・・瞬時に文字から伝わってくるようになるのです。

そういう気になることがあると、ちょっと様子を見ておこうとなり、次の日の日報を見てまたなにか感じられたら、「これはお店でなにかあるな」と思うわけです。

そういう従業員のいるお店を見つけると、まずそのお店の売上を見るようにしています。すると、やはり徐々に数字が落ちてきていたり、前年割れをしていたりと、なにかしら問題を発見できるんです。

小さなことでも問題を発見したら、別の人間に現場の様子を見てきてもらいます。そうすると「実は誰と誰がうまくいっていなくて、辞めたいと思っているらしい」といったような報告がきます。

こういうことが、日報を読むことで分かるというのは凄いことですよ。

● メールを使用されないということは、日報シートのようなものが準備されているのですか。

店舗は1枚のシートですが、本社の従業員みんなには大学ノートを持たせて、そのノートに書いてもらっています。ノートを使っていると、まるで交換日記のような感覚ですよ。

【続く:5/8】


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起業家物語


創業メンバーを集める



2000年4月、私は大和証券で社会人2年目を迎えました。
この時点で、既に私は起業家となること、そして、大和証券を退職することを決意していました。あとは、「いつ」という問題や「どうやって」という問題などが残っていました。

当時の私には創業資金が全くありませんでした。むしろ、大学や大学院時代の奨学金の返済があり、借金がある状態でした。とはいえ、「だから、起業できない」ではなくて、「どうやって起業するか」を考えるのみです。私にはそうする以外に道はありませんでした。

私がこの頃に一番考えていたことは、「何をやるか」「資金をどうするか」ということよりもむしろ、「誰とやるか」ということです。

2000年3月に発売された『ビットバレーの躍動』(仮名)という本のための取材活動で、ある起業家から重要なことを学んでいました。

 

「自分ですべてできる必要はない。できる人を仲間に加えればいいんだ」

 

この考え方は、それまでの私にはなかったといっても過言ではありません。

よくよく思い返してみると、それまでの私は個人プレーが主体の組織に属していたことが多かったと思います。たとえば、高校・大学でやっていたバドミントンはシングルスをメインにしていました。もちろん、ダブルスもありましたが、バレーボールのように役割分担ができるようなスポーツではなかったため、結局は自分自身が強くならなければ意味がありませんでした。

また、大和証券も大局的にみれば組織の連係プレーであったとしても、こと営業職に関して言えば厳しい競争にさらされた個人プレーの職種であり、「如何に自分でやるか、自分で身につけるか」ということが念頭にありました。

基本的に、「誰かに手伝ってもらい、共に何かを創り上げていくことで成果として認められること」は私の人生にはほとんどなく、誰かとの競争を常にしていたと思います。ですから、「何から何まで自分でやる必要があるんだ」という考えに支配されていたのです。

「できる人を仲間に加えればいい」というこの気付きは、私の人生の中でも特に大きなものでした。自分ひとりで何から何までやるとなると、相当なプレッシャーです。私は当時、起業後の「会計・経理」について心配していました。

 

「自分で経理の仕事はできるだろうか」

 

しかし、この気付きによって「経理ができる人を探せばいいんだ」と思いました。

 

「自分で経理をやる必要はない。重要なのは経理ができる人を惹きつけ、仲間にできるかどうかだ」

 

私には、私の代わりに経理をやってくれる仲間に心当たりがありました。

 

「高木さん(現在、ライブレボリューションの取締役。当時は米国公認会計士の資格を採りにいったアメリカから帰国したばかりでした)でも大丈夫だろうが、高木さんにはもっと別の才能があるので、経理をやらせるのはもったいない。だから、”彼”に任せよう!」

 

4月3日からアメリカのロサンゼルスに行く予定でしたので、その”彼”には帰国後に連絡を取ることにしました。

 

★ ★ ★ ★ ★

 

私は、高木さんと共に4月3日から4月5日の日程でアメリカへ行くことになっていました。その理由は、日本のインターネット界のキーマンの一人であるネットエイジの西川潔社長(以下、西川さん。現 ngi group 会長)とアメリカ・ロサンゼルスで会いたいと思っていたからです。

ちなみに、この旅には当時大和証券の先輩であった高橋さん(現在、ライブレボリューションの取締役)と筒井さん(仮名:後にライブレボリューションの取締役となる金子真歩と高橋将雄を私と引き合わせてくださった恩人)も一緒でした。

 

ちょうどこのとき(2000年4月3日〜4月5日)、ロサンゼルスでは、『Spring Internet World 2000』(以下、インターネットワールド)というイベントが行われる予定だったのです。そのインターネットワールドに西川さんが参加するということが、私も入っていたメーリングリストで流れました。そこには次のように書かれていました。

 

「ロスで一緒に食事できる方はこちらのレストランでお会いしましょう」

 

それを見た瞬間、「私も行くしかない。そして、このレストランで西川さんの隣の席に座る!」と決意したのです。

西川さんといえば、日本中を巻き込んだ「ビットバレー」の提唱者です。大和証券の営業マンであった私からすれば、雲の上の人でした。

そんな私が西川さんと知り合いになれるチャンスといえば、これくらいしかないと思いました。

西川さんとは、GMOインターネットの熊谷社長の講演会や、私が出版のお手伝いをした『ビットバレーの躍動』の取材でもお会いしていました。しかし、それは挨拶程度であったり、ライターのような立場であったりしました。ですから、個人的に親しくなるというところまでは至っていませんでした。

 

「アメリカまで追いかけていったという熱意は買ってくれるだろう」

 

私は、私にできるベストを尽くすつもりでした。そのツアーに高木さん、高橋さん、筒井さんを巻き込んだわけです。

 

4月3日の夜(現地時間)、私はロサンゼルスのレストランで西川さんの隣の席にちゃっかり座っていました。この食事会には「西川さんに会いたい」という方が40名以上も集まっていました。日本から遠く離れた土地で、40名以上の人を惹きつけていたというのは驚きです。だからといって、私が遠慮する理由などはあるはずもなく、父親譲りの「ちゃっかり屋さん」の力を発揮して、西川さんと仲良くなることが出来ました。それは、起業後に西川さん個人からの出資、西川さん率いるネットエイジ(現 ngi group)からの出資にもつながったのです。その努力は、やはり報われたのでした。

今度は私がその恩に報いる番ですが、まだまだ「報いる」というまでに至っていません。

 

インターネットワールドを見学し、西川さんとお食事をした翌日、私たち4名は、一路シアトルに向かいました。

 

★ ★ ★ ★ ★

 

はじめて訪れるシアトルは、透き通るような青空が広がり、街全体がクリーン。緑や海にも囲まれ、それはまるで宝石のような街という印象を受けました。4月のシアトルは「雨が多い」と聞いていたものの、私たちが滞在している間は常に快晴、目を閉じればそのときの美しい風景が脳裏に浮かびます。

私たちがシアトルを訪れた理由は、同行してくださった筒井さんの提案があったからです。

 

「大和証券で取引をしているリアルネットワークス(RealPlayerで有名)の本社(シアトル)と話をつけたぞ。シアトル本社のマーケティング担当者から米国のインターネットや同社の戦略について話を聞かせてくれるとのことだ」

 

これでは、シアトルに行かないわけにはいきません。こんなチャンスは滅多にないわけですから。

 

リアルネットワークス(以下、リアル)の本社ビルは世界的に有名な「パイク・プレース・マーケット」(以下、パイク・プレース市場:当時はまだ読んでいなかった『フィッシュ! 鮮度100%ぴちぴちオフィスのつくり方』[スティーブン・C. ランディン、ジョン クリステンセン、ハリー ポール:早川書房]という本が売れたこともあって、日本でも知られるようになっています。)のそばにありました。

実は、私はこのパイク・プレース市場のことなど全く知りませんでした。ですから、市場を通り抜けたとき、「やたら活気があって凄いな」という程度であまり気も留めていませんでした。まさか、そんな市場の中に、ビジネスで成功するためのヒントがたくさん詰まっているなんてことは思いもよりませんでした。

リアルの本社の前に来たとき、「やはりな」と思いました。というのは、あまり先進的でも、新しくもないビルだったからです。ある意味で古くて「地味」な建物でした。

 

「アメリカではあまりオフィスにお金をかけないベンチャーが多いときくけど、やはりリアルもワールドワイドな企業であるにもかかわらず、こんな感じで着実にやっているんだな」

 

そのような印象を受けました。私には、先進的なオフィスよりもこのようなオフィスのほうがベンチャーぽくって、アメリカ人には好まれるのかもしれないと感じました。

 

中に入ると、大きな食堂が目に付きました。そこには当たり前のようにビリヤード台が置かれていて、社員たちが遊んでいます。

 

「まさにアメリカって感じだ。いつか自分もこんなオフィスを作りたい」

 

食堂を通り抜けると、私たちはPuget Soundの海岸に面したプレゼンテーションルームに通されました。その窓の外に広がる景色は、キラキラと光る青い海と澄み切った青空により、とても穏やかな印象でした。

その窓と海の間には「Pacific Rail Way」のものと思われる線路が走っています。この路線はどうやら貨物専用に使用されていて、私が外を眺めているとカナダからの物資を積んでいるであろう貨物列車がゆっくり近づいてきました。

 

「うわー、長閑(のどか)だなぁ」

 

英語のプレゼンテーションはほとんど頭に入っていませんでしたので、私はその貨物列車をじっと眺めていました。

 

「おおお、いいねぇ」

 

窓の外を眺めて1分が経ちました。

「ほんと長閑だ」

2分が経ちました。

「なげー」

3分が経ちました。

「うそでしょ」

4分が経ちました。

「止まっているわけじゃないし」

5分が経ちました。

「おいおいおい」

10分が経ちました。

「もうダメだ。あきらめよう・・・」

 

それは、日本の常識では考えられないような長さの貨物列車だったのです。無限ともいえるその長さに、いつ通り過ぎるのかを考えることすらできなくなりました(笑)。

もう一つ、同社のオフィスで驚いたことがあります。それは、スターバックスがポットでコーヒーを届けに来たことです。今では、そのサービスが知られているとはいえ、当時の私には考えられないサービスでした。

 

「あのスターバックスが、わざわざ会議室までコーヒーを届けに来るのか・・・」

 

シアトルといえば、スターバックス発祥の地にして、本社のあるところです。リアルのオフィスに来る途中で、スターバックスの巨大なロゴマークを掲げた本社ビルを見ました。そして、あたかも日本のコンビニかと思うくらいに、どこにでもスターバックスがありました。まるで「2ブロックごとにあるのではないか」というくらいにです。

 

「うわー、ビルの1Fはスターバックスばっかりだ。石を投げればシルビアにあたる・・・じゃなくてスタバにあたりそう」

 

これでは、そのビル専属のコーヒーショップといっても過言ではありません。

 

3時間にも及ぶリアルのプレゼンテーションを終え、私たちは一路ホテルに向かいました。リアルの本社からさほど遠くはなかったので、歩いて目的地に向かいました。

 

一夜明けて、日本に向かう日の早朝、私はまだ霧に包まれているシアトルの街に一人出てゆきました。

その外出の目的は、スターバックスのラテを飲むことでした。せっかくシアトルに来たのです。スターバックスのラテを飲まなければ後悔してしまいそうでした。

 

大和証券渋谷支店のそばにある「QFRONT(キューフロント)」というビルの1&2Fにはスターバックスが入っていました。私は、必ずスターバックスに寄ってから出社していました。

まだ人もまばらな渋谷の早朝(7時前後)にコーヒーを買って出社するというのは、不思議な優越感のようなものがありました。特にスターバックスのロゴ入りのカップを手にしているとcoolな感じがしてうれしくなったことを思い出します。

 

「これぞデキる金融マンのあるべき姿だ」

 

本場シアトルから帰ってきた直後は、「自分だけは本物のスターバックス・ラテを知っている」といわんばかりに一人で優越感に浸っていました(笑)。

 

★ ★ ★ ★ ★

 

日本に帰ってきた翌日、渋谷支店に出社した私は、内線で本社の金子さん(現在、ライブレボリューションの取締役。当時は大和証券本社で、ITを活用した商品戦略企画を担当。データマイニングによるマーケティング分析、オンライントレードの機能企画、商品本部の集計システム開発、全支店へのSFAシステム導入企画等を手がける)に電話しました。

 

「もしもし、金子さんですか。増永です」

 

金子さんといえば、既に大和証券の戦略企画にまで携わるいわばエリートです。しかし、私はその頭脳、才能が新しい会社には絶対に必要だと思っていました。駄目もとでもいい・・・私は電話をかけ、そして前置きもなく、本題に入りました。

 

「金子さん、私は起業することにしました。そこで、金子さんにも一緒にと思って電話しました」

 

すると、金子さんは間髪いれずに「いいよ」とこたえたのです。これには、電話した私のほうが驚きました。

 

「僕は、起業しようと思ってお金も貯めていたんだよ。でも、自分は社長向きじゃないので、君のような人に出会うのを待っていたんだ」

 

なんと、金子さんは既に500万円も貯めていたのです。

 

「僕は明日からSAS社での研修のために君と入れ替わりでアメリカに行って来るから、帰ってきてからまた話をしよう」

 

そういって、電話を切りました。

 

「金子さんは、創業する新会社のビジネスモデルも聞かずにOKしてくれた・・・」

 

私への絶対の信頼に、自分も応えていきたいと思いました。

 

この時点で、創業メンバーが私を含めて3名になりました。私、金子さん、高木さんの3名です。

 

本当はここにアメリカにも同行してくださった高橋さんも加わってくれると有り難いと思っていたのですが、実際には一年後の合流となります。

 

「創業するなら、あと二人加えたい人物がいる」

 

そのうちの一人が、「帰国後、絶対に打診しなければならない」と思っていた”彼”でした。

 

「飯野さん、久しぶり。元気?」

 

飯野さんは、私が横浜国立大学の1年生のときから一緒に遊んでいたクラスメートでした。彼は公認会計士になることを目指して猛勉強していたのですが、悪い友達(もちろん、私たち)に阻まれて、結局スクール代をどぶに捨てていました。

 

「飯野さん、名古屋よりも東京のほうが刺激的で楽しいよ。だから一緒に東京で起業しようよ」

 

当時の飯野さんは、あるゼネコンの道路事業を担当している子会社の経理をやっていました。

 

「そんな潰れそうな会社の子会社だったら、未来はないぞ。そもそも飯野さんの会社の寮って、確か4畳くらいじゃない?なんで190センチ近い飯野さんがそんなところに住まされているわけ?いいことなんか一つもないじゃん」

 

飯野さんは、私と一緒に無茶な遊び方をしていた仲でしたので、「テキトウ」な理由をつけて、辞めたい気分にさせようとしました。ちなみに、飯野さんは「挑戦されると断れない」という性格だったのです。

ですから、「この寒さ(真冬)の中で、バイクでここ(横浜)から八王子まで上半身裸で吉牛(吉野家の牛丼)を食べてこれるか?」というと「できるに決まっているだろう!」といって飛び出していく有様でした。凍えながらレシートを持って帰ってきたときには本当に馬鹿な奴だと思ったものです(笑)。

 

「飯野さん、そんな将来性のない会社よりも、自分たちでやろうよ。そのほうが楽しいって」

 

こうして、飯野さんは勤めていた名古屋の仕事を辞めることになりました。私の「経理はできないから、できる人に任せたい」という望みが叶いました。

 

「あと一人いる」

 

私は、岡山の景山さん(以下、カゲさん)に電話をかけました。

 

「カゲさん、ご無沙汰です」

 

横浜国立大学で同期だったカゲさんについては、私が同大学を卒業しても、そして、早稲田大学の大学院を卒業しても、「カゲさんが就職した」といった話は聞こえてきませんでした。

 

「あ、師匠(私は彼のマージャンの師匠だった)。ご無沙汰しています」

 

「カゲさん、今何してるの?」

 

「岡山大学に通ってます」

 

「え!」

 

びっくりしました。なんとあまりにも大学に通わなかったため、退学したとのことでした。そして、仕方なく実家の岡山に戻り、地元の岡山大学の法学部に入学したとのことでした。

 

「凄いね、もう受験勉強なんてしたくないよ」

 

別の意味で私は感心していました。

 

「実は起業することにしたんだ。そこで、カゲさんにも加わって欲しいので岡山大学を今すぐ退学してください」

 

「師匠、マジですか?まだ一年生やねんけど」

 

「どうせ、日本の大学なんて意味ないって。それより、カゲさんには拒否権がないでしょ」

 

「師匠、すんませんでした。では、大学辞めますわ・・・」

 

カゲさんは、大学にこそ「通わなかった」ものの、その頭のよさはピカイチであることを私が誰よりも知っていました。彼もまた、ある意味で「天才」の部類に入る人物だったのです。

 

飯野さんとカゲさんについては、超・強引に人生革命をさせてしまいました(笑)。

 

よって私は、自分にはない才能を備えた仲間を起業前から4人も集めることが出来たのです。

 

「チームではじめる」

 

これが私の最初のこだわりでした。一人で始めるのではなく、経営チームを創ってからはじめることにしていたのです。

 

「一人では限界がある。だから、さまざまな才能をもった人を集めてはじめるほうがいい。しかも、信頼できる人がいい。うまくいってからなら誰でも参加するだろう。それでは意味がない。一緒にゼロからスタートを切ってくれるような人が仲間じゃないとダメだ」

 

お陰で、私は創業時から今まで、非常に優秀な経営チームに恵まれたのです。しかも、飛び切り信頼できる仲間でした。当時の「こだわり」は正解だったことが既に証明されています。

 

「よーし、これで創業メンバーは決まった。次は資金とビジネスプランだな」

 

「誰とやるか」という私の最大の関心事をクリアしたことで、起業とその成功への現実味がぐっと増したと感じました。

おそらく、起業して多くの人がつまずくのは、この「誰とやるか」ということでしょう。「起業したことのある人」ならば、その「創業メンバー」の重要性はわかるものです。



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そういえば、直筆文化が失われつつありますよね(笑)。私はこれでも手紙を直筆で書くんです。とっても喜ばれます。ただ、一通書くのに相当な時間を要することは確かです。一昔前の人は本当に偉いなと思いました・・・。でも、やっぱり直筆っていいですよね。

2006/10/10

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独立開業希望者を支援する独自システム「トラスト方式」と呼ばれるビジネスモデルで、飲食店を58店舗を展開。

トラスト方式とは、信頼のもと、相手に託すという意味でのTrust(トラスト)からきている。

業態は、らーめん、中華、鮨、ハンバーグ、貝焼き、肉料理、スペインバル、おばんざいなど展開中。

今後は、飲食業界に限らず、他業種への展開も視野に入れている。

トラNavi 
飲食で独立開業を目指す求人情報サイト。

トラナビは将来、飲食業界での独立を考え、調理技術や経営ノウハウを学びたいと考えている初心者から、修行先を探している料理人などこれから飲食業界を盛り上げていこうと考えている人たちへの飲食店求人情報サイト。

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