【増永】 第三者割当などは行なっているのでしょうか。
はい、最近でも2,000万円ほど出資していただいています。創業当時は仲間内で増資を続け、結果的には1億7,000万円ぐらいまで集まりました。
細かく言えば、過去に一度だけM&Aで子会社を完全売却いたしました。それから作ってきたものを現物出資という形で、アメリカの会社と共に合弁会社を作ったこともあります。あとはライセンスを受ける形ですが、今回初めて外部の会社さんに資本を入れていただきました。
こうした動きは、今後も積極的に進めていこうと思っています。逆に、なぜもっと早くにしてこなかったのだろう・・・と思っているぐらいです。
苦労しながら、ある意味根性でお金を集めることに注いできたエネルギーを、もっとほかのことにまわすことができていたら、どんなにか建設的だったんだろう。そういう後悔があります。
● 初めの頃は自己資本にこだわられていたのですか。
そうですね、「打田さんの描くビジョンは、話しを聞いている限りとても素晴らしい。じゃあ、具体的にはどう進めるの」とか「具体的な絵は」などと当然のことながら、突っ込まれるんですね。
しかしこればっかりは、自分で実際にやってみないことには分かりません。これが正直な気持ちです。
やってみて、壁にぶつかって「やっぱり違うな」と思ったら、すぐに軌道修正をして徐々に自分の思い描く形にしていくものだと思うのです。物事をゼロの状態から始めるということは、そういうことなんですね。
まだまだ、形がどうなるものかわからないことにお付き合いしていただくわけにもいきません。ある程度形が見えてきて、誰もが「これは期待できるね」と思えるような状況になったとき初めて、投資していただき一緒に大きくしていきましょう―そんなふうに、順番に確実にステップを踏みたかったのです。
それこそ最初の頃というのは「どうなるかは分からないけれど、仕方ない、打田の夢にかけてやるか」、そんな仲間に私自身、ある意味甘えのようなものがあったと思います。
なかには「紙くずになってしまっても、いいよ」と言ってくださる方々もいらっしゃいます。そんな方々の期待・信頼を裏切らない、そんな人情的な部分からスタートしたのです。
今となっては、そんなところにこだわりを持ってやるべきでもなかったなと思ったりしますが・・・当時はそうした思い込みのようなものもあったんです。
● 逆に、銀行さんなどから融資のお話がきたりしたのではないですか。
ありがたいことに、たくさんのお話をいただきました。しかしやはり銀行さんも当然のことではありますが、「それで、どれだけ売上げが出ましたか」と毎回聞いてくるわけです。銀行さんからの借り入れがあるがゆえに、子会社を切り離して売却せざるを得なかったということもありました。融資を受けつつ、運用してきたわけです。
本当でしたら、なんとかもう少し融資をしていただければ・・・と思っていたのですが、あるステージから一気に飛び抜けるには、半端なお金ではだめなんだ―売却してみて、それがよく分かるようになりました。