
私、辞表出したけど上田君出した?

配信を開始した2003年5月12日から1ヵ月半、6月27日に読者数5000名を突破しました。7月中に1万人を超えたいです。
私と同じ29歳で経営者として先輩である株式会社ガイアックスの上田社長にインタヴューしてきました。スピード経営で同社をデジタルコミュニティーのリーディングカンパニーに急成長させています。その発想法など勉強になることがたくさんあります。インターネットビジネスのポイントとは??

【増永】 起業の経緯からお伺いできますでしょうか?
【上田】 私は大学卒業後ベンチャーリンクという会社に入りまして、ベンチャー支援のビジネスをやっていました。そのときに山根麻貴という同期の中で一番成績がよかった女性がおりまして、彼女とですね、「将来は起業でもしたいよね」とかって話をしていたのです。
ベンチャーリンクという会社は起業家養成機関を標榜している会社でしたから、将来独立することを念頭において入社する人間が多い。で、将来は起業でもしたいよねってお好み焼きを食べながら話していたら、翌日の朝にですね「私、辞表出したけど上田君出した?」っていうわけですよ。
僕も近い将来とは思っていたけれど、まさか翌日とは思わず、ただこちらも言った手前もあるので「今から出すところですよ」と返事をして、1年半くらい勤めた会社を退職しました。
ところが、会社は退職したけれど実際何をするか全く決まってなくて、とりあえず先に辞めている山根さんに会ってミーティングでもしようかなと思ったらですね、東南アジアの方に遊びに行っちゃっている(笑)。
会社を辞めたものの、いきなり「さてどうしよう」みたいな状態になってしまいました。僕は同志社の中学・高校・大学をストレートでのぼってきて、且つ会社も普通に入りましたから言ってしまえば比較的順調な空白期間のない人生を歩んできたんですよ。で、いざ会社を辞めてみるとですね、毎日何もすることがなく「一体どうしよう」みたいなところからスタートしたのです。
当時Yahoo!が1年半くらいで公開してその直後の時期だったので、「なんか起業するにもインターネットは関係あるだろう」と最初に思いました。実はベンチャーリンクに勤めていたときは家を借りていなかったのです。ずっと会社で寝泊りしていたんです。
ですから、会社を辞めて家を借りて東急ケーブルテレビ(現在、イッツコム)のインターネット回線をひいて、朝から晩までずっと一日十数時間インターネットをしたんですね。で、インターネットビジネスを3ヶ月ぐらい調べていて、「確かにこれは成長性があるぞ」と。アメリカの方ではすでに物凄くバブルになっていて、会員をたくさん集めるだけでお金になるぞというような状況を見ていたんですね。
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「どうやったら会員がいっぱい集まるんだろう」という事に注目していろいろと考えていました。 |
夏ごろに辞めたわけですが、「どうやったら会員がいっぱい集まるんだろう」という事に注目していろいろと考えていました。で、12月15日にですね、ひらめいたのですが、グリーティングカードというサービスが一番良いんじゃないかと思ったのです。なぜならば、私がグリーティングカードを友達に送れば、友達がまた友達に送ってバイラル的に増えていくんじゃないかと。
普通、年賀状なんかは12月16日に出したら1月1日に届くんですが、これだとバイラル性が弱いので12月16日に出したら、その出した瞬間に友達の所に届いてですね「1月1日になれば○○さんがこの年賀状を読めます」と、「つきましては○○さんも年賀状出されたらどうですか」というような形で、且つ「5人以上に出していただければ」とか「本日中に出していただければプレゼントが当たるかもしれません」みたいな形にするとですね、きっと倍増していって会員50万人ぐらいいくんじゃないかと思って、このタイミングで、東南アジアから帰ってきた山根さんに加わってもらってスタートしました。
まぁ蓋を開けてみると3万人くらい。僕や山根の友達の20人とかに出してスタートしてそんなに集まりました。すると当然のことながら、僕たちの適当に作ったプログラミングでは、いざ1月1日にスタートすると「サーバーが即ダウン」ということでサービス的にはいまいちでした。でも、これはきっといけるぞと実感しましたね。
この折角集めた3万人のデータを放置しておくのはもったいなとおもいましたので、その3万人を確保しつつ、年賀状の時期以外にも会員を増やしていくにはどうしたら良いんだろうと考えた時に、次に出てきたのが無料ホームページサービスですね。
持っている人全員に似顔絵付き、まぁ今で言うアバターですね、そのアバター付きの個人ホームページを提供するサービスを始めました。
すると凄くページビューも伸びましたし、会員も自動的に増えていくなというのが見えた。私はもともと「人と人とを繋げたいな」と思っていまして、このビジネスはまさにそれだと。ただ自分達だけでやっていくにはいろんな面で限界がありますし、ただでさえユーザーは増えていきますけれども、はじめからユーザー数を持っている会社さんと提携する方がよりスピードが増すとおもいましたので、一番初めに今のアットウーマンというサイトを運営している企業様と提携させていただきました。
これを機に、山根と地元の後輩と3名で会社を設立しました。
【続く:1/5】

よほどの馬鹿でない限り、同じ「大きな」失敗はしない
私が起業してからもっともよく受ける質問の一つに「失敗したら・・・とは考えないのですか」というものがある。
起業しようと考え始めたのが1999年12月であり、それを決心したのが2000年の3月だ。そして実際に起業して会社を設立したのが2000年8月。つまり、うっすらと起業を志してから一年も経たずに実行したことになる。
当然ながら「失敗したらどうしようか」あるいは「失敗したらどうやって生きていけばよいのか」ということについて自分なりの解決策を用意しておいた。実際、私は900万円の借金をして会社を設立していた。失敗した場合には、お金を貸してくださった方々に多大なる迷惑をかけることになることがわかっていた。
その時点での解決策はこうだった。
1.仮に失敗したとしても、どこも雇ってくれないということはありえない。その気になればどんな低賃金であっても、アルバイトであっても、自分が食べていくくらいは稼げる。今の日本で食いっぱぐれることはない。
2.たかが900万円だ。家を買うより安いじゃないか。どこかで職にありつければ、必ず返済できる金額だ。サラリーマンに戻れば100%借金は返済できる。
3.失敗したら恥ずかしいか?いや、恥ずかしいことなど何もない。自分が考えているほど、人は私に注目してはいない。失敗して誰かになじられようが気にしなければいい。もし、みんなに笑われたならば、笑えるような失敗談を提供してみんなを喜ばせたと思えばよいのだ。
そして実際に私は失敗した。2001年5月には2500万円の損を出し、財務上-200万円になっていた。しかし、さらに300万円をかき集めて倒産を防ぎ、再起した。キャッシュフローが続く限り会社は倒産しないのである。
この失敗は事業投資上の失敗であり、その事業に投資していなければこのような事態になることはなかった。しかし、そこからビジネスの基本を大いに学ぶことができた。そして現在では2期連続増収増益を達成し、今期も売上高は2億5000万円を越え3年連続増収増益を達成するだろう。私は失敗から学んだことを活かしている。
私は失敗から立ち直った直後、父に相談した。
「私は大きな失敗をしました。次もまた、いつ失敗するかわからないと思うと不安です。」
すると父は次のように私に言った。
「心配するな、お前は今回のことで経営者として大切なことをたくさん学んでいるようだ。人間はよほどの馬鹿でない限り、同じ大きな失敗はしないものだ。初めてのことに挑戦して失敗するのは恥じることではない。重要なのはそこから学び、次に活かすことだ。お前は馬鹿ではないからもう今回のような失敗をすることはない」
私が失敗したのは「初期仮説」が間違っていたからだ。初期仮説が間違っているかどうかは「実行」してみなければわからないというのが私の姿勢であった。挑戦しないベンチャーに存在理由はない。ところが残念ながら、初期仮説が間違っていたのだ。
幸いなことに実行した結果の「検証」は正しく出来た。そして、検証した結果を元に「修正仮説」を導き出し、それを正しく「実行」に移すことが出来た。私は失敗から学ぶことが出来たわけだ。
一般的に「失敗は成功のもと」といわれるが失敗の数だけ成功があるのではない。失敗の数は成功の数よりも遥かに多いのだ。その理由は大きく分けて2つある。
一つはたくさんの失敗を積み重ねて一つの成功に導かれる場合が多いことだ。エジソンは白熱灯を発明するために1万回の失敗をしている。もう一つは残念ながら、実際には失敗の原因について真剣に反省し、学ぼうとする人の数が少ないからだ。
今の日本社会はある意味恵まれている。チャレンジして失敗したとしても再起できる可能性が高い。再起に要する苦労の度合いに差はあるだろうが、誰でも再起できる。我々はたいていの試みに対してリスクをコントロールする機会に恵まれている。まずは、失敗しても大丈夫な程度でリスクをとって実行してみればよい。
重要なのはリスクの度合いを自分でコントロールし、失敗を成功のもとにしようという前向きな姿勢と努力である。
【編集後記】
プレビの読者数が5000人を超えました。みなさまご愛読ありがとうございます!流石に5000人規模になるとやりがいがありますね。
次の目標は7月中に読者数を1万人にすることです。そのための努力をしようとはりきっています。
努力といえばもう一つはじめようと思って、昨日『学研ニューコース中1英語』という問題集を買って来ました。私は英語がからっきしダメなんですよね。小さい頃から「自分には英語は関係ない。海外に行かなければいいんだから。最悪の場合は通訳を雇えばいいんだ」と言い聞かせていた部分がありました。
しかし、LRをグローバル企業にするという目標と、一流の経営者になるという目標を掲げることにしましたので、少なくとも英語ぐらい出来ないと話になりません(笑)。幸いまだ29歳ですから勉強するには間に合う年齢かなと。ちなみに昨年目標に掲げたのが「プログラミングをマスターする」で、それがプレビのシステムに結実したわけです。なんでも努力で克服するぞ〜。
今回から新しく「社長への質問コーナー」つくってみました。

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