【増永】 鶴岡社長がザ・レジェンド・ホテルズ&トラストを立ち上げるまでに、どのような人生を送られてきたのか教えてください。
10歳のときから私は起業をしようと思っていたんです。こう言うと、皆さんに驚かれるのですが(笑)。
なぜ10歳でそんなことを考えていたのかと申しますと、それには2つの理由があります。ひとつは父親が事業家であったということ。そしてもう一つは、子どもの頃に遊んだ「人生ゲーム」です。
人生ゲームが大好きだったんですよ。大人になった今考えてみると、ゴールするまでにいろいろと紆余曲折ある中、最後はお金を一番多く集めた人が勝つというルールでけっこうえげつないゲームなのですが。けれど夢中になっていた子どものときは、そんなことまで考えもしませんでした。
お陰さまで父が事業家だったこともあり、お金に対するイメージはいつでもプラス。たとえば、売上げが立つとか利益が出ることに対して「あなたの会社のおかげで助かりました」「あなたのサービスはとても良かった」と、感謝の気持ちがお金となって投票されてくるものだと思っていたんです。だから、人生ゲームで優勝した人も、きっと世の中の役に立っていたに違いないって思っていました。
● 子どもの頃から、起業に対する具体的なイメージをお持ちだったのですか。
どんな業種の会社を作りたいのか具体的なイメージはありませんでしたが、自分らしい仕組みを世の中に提供することで感謝の投票をたくさんいただける―そんな人になりたいとは考えていました。
10歳の頃にこのような考えを持ったことからスタートして、それからは「いつかは起業するんだ」ということを目標に掲げていたんです。起業するためにはどの大学に行くべきなのか・・・考えた結果、経済学部経営学科を目指すべきだと思ったんですね。
あいにく勉強嫌いだったため(笑)、経済学部のある大学の附属高校に行きました。けれどますます勉強をしなくなってしまったんです。
附属高校ですから極端に言ってしまえば、試験時間に寝ていてもあまり大きな問題ではありません。私なんて、マークシートにチューリップの絵を描いたりしていたぐらいです。そうしたら、マークシートの1つの解答欄に2つ以上マークすると機械が止まってしまうらしく、先生に「それだけは勘弁して」と注意されたり・・・。そんなことになるなんて、知らなかったのです。
そんな調子で高校時代を過ごしていたものですから、三者面談のときに先生が「いくら附属高校とはいえ、この調子では大学には行けません。そもそも大学は・・・」と大学についてとくとくと説きはじめたんです。
そうしたら意外にも母親がぷつっと切れまして、「先生そんなにおっしゃるのなら結構です。大学はうちで作りますから」と宣言したんですよ。先生はもちろん私もびっくりして・・・生徒は私一人なのかな、とか考えたりして(笑)。