まず高いところへ登れ
1999年8月2日(月)の早朝、私は配属先である大和証券渋谷支店に向かいました。
渋谷支店は、かの有名な「ハチ公像」のある渋谷駅前広場からも見えるほどの好立地。
渋谷スクランブル交差点を渡って2〜3分のところにあります。
渋谷でよくショッピングをする人にとっては「西武デパートA館」の真向かいといえばわかりやすいでしょうか。
かつて私が高校時代に聴いて強い影響を受けたB'zの「Boys in Town」という曲に出てくる「センター街」からも近く、まさに私にとっては理想の配属先だといえました。
どんなときでも張り切って臨む私は、この日も研修時代と同じく早朝7時に出社しました。
当然、表の玄関はまだ閉まっています。
そこで、適当にビルの裏手に回ってみました。
すると、ぶ厚い鋼鉄製のドアが見つかりました。
「む、ロックがかかっている。
誰も来ていないのかな?」
ドアの周りに目をやるとセキュリティを解除するためのボタンやインターフォンが見つかりました。
「とりあえず、呼び出してみよう」
少し緊張した面持ちでインターフォンのボタンを押してみると、小さなスピーカーから男性の声が聞こえてきました。
「どちら様ですか?」
「あ、本日から渋谷支店に配属されることになりました。
新入社員の増永と申します」
慌てて名乗ると「どうぞ」といってロックを解除してくれました。
★ ★ ★ ★ ★
営業フロアに案内されましたので、自分の席と思しきイスに腰を降ろしました。
しばらくすると不意に後ろから声をかけられました。
「君か、新人の増永君というのは」
そこに立っていたのは、メガネをかけたガタイの大きな男性でした。
「君のチューターをすることになっている佐野です」
顔は笑っていましたが、目だけは笑っていないように見えました。
「この人がチューター?予想していたタイプとはイメージがだいぶ違う・・・」
それまで私がイメージしていたのは、バリバリ体育会タイプの人か、カチカチ分析家タイプの人でした。
ところが、目の前に現れた佐野径さん(現在、某支店の支店長を経て、大和証券本部の企画セクションに勤務)は、そのどちらにも見えません。
若い七福神といいますか、ちょっとふっくらしていて人当たりがとてもソフトでした。
「それじゃ、まず支店長に挨拶に行きましょうか」
私たちは支店内のエレベーターに乗り込み、支店長室がある一つ上のフロアへ向かいました。
「はじめまして、新人の増永です。
よろしくお願いいたします」
私は元気いっぱいの声で挨拶しました。
すると目の前の大きな机の向こうに座っていた沢田支店長(仮名)が口を開きました。
「人事から話は聴いていますよ。
大学院を出ているんだって。
営業に大学院卒が来るのは初めてかもしれないね。
大和証券は君に大きな期待を寄せているみたいだから、英才教育をするように言われています。
だから、チューターには佐野を選びました。
彼は同期でトップであり、なおかつ渋谷支店でもトップなんです。
きちんと佐野の指導を受けて仕事に励んでください」
またまたイメージと異なる支店長でした。
証券会社の支店長といえば、そばにいるだけで怯えずにはいられないほどのオーラを放っているものだと思っていました。
ところが、渋谷支店の沢田支店長は、信じられないほど穏やかな声で話をしてくれたのです。
しかし、どうやら私は強運に恵まれていただけのようです。
後でわかったことですが、渋谷支店の沢田支店長は大和証券でも3本の指に入るほどの優しい支店長だったそうです。
確かに、そのほかの支店長に会ったときには怖かったですし・・・。
また、当時の渋谷支店というのは「同期比トップ」といわれる各年代のトップ営業マンたちが集まっていたことも知りました。
営業の配属先で最高峰といえば「本店営業部」となるのは誰にでもわかるでしょう。
規模としても一番大きかったはずです。
ところが、大和証券には「支店の規模」に応じてゴルフのハンディキャップのようなものがありました。
そうしなければ、支店間の順位付けが出来ないからです。
本店営業部と釧路支店を比べたら、規模で勝る本店営業部が勝つに決まっています。
これでは、支店間の競争意識を高めることができません。
故に、規模に応じてハンディキャップをつけていました。
すると、驚いたことに当時のオール大和で常にトップを走っていたのは渋谷支店だったのです。
配属後の同期が一斉に集まる新人研修や社内講演会のような場所に出席すると、「渋谷支店を見習え」「渋谷支店を追い越せ」と講師の方が必ず激を飛ばしていました。
沢田支店長と挨拶を交わしたときにはまだ、そんな凄い支店に配属されていたとは気づいていませんでした。
そして、支店長が口にした「英才教育」を施すために指名したチューターが、渋谷支店でNo.1の営業マンだった佐野さんでした。
佐野さんはその後、ぐんぐん出世を重ね、最年少で支店長になるなど、今では若くして大和証券本部の重要な仕事を任されています。
そんな佐野さんから直接指導を受けられたことをうれしく思っています。
それにしても、私は配属希望の際に、B’zの曲に影響されたことと彼女と会いやすいということを理由に選んだ「渋谷支店」がこれほどまでのところだとは思っても見ませんでした。
「増永の配属は、佐野と同じの営業第三課です。
課長は若林(仮名)。
以上です」
再び営業フロアに戻った私は、ほかの先輩達からも声をかけられました。
その中にはこのように言う人もいました。
「お前はいいよな。
大学院卒だからちょっと現場で修行して、そのうち本店に行くことになるんだろう」
本人は嫌味でそういったのではないでしょう。
これは、当時の私に対する見方の一つを現しています。
会社や私がどう考えるかは別としても、現場の営業マンの中には大学院卒を「エリート」と感じる人もいたということです。
私は大学時代に「大学院卒は出世で有利になるに違いない」と予想していました。
その予想のもとに大学院に進学しました。
現場の営業マンの言葉から、その予想が的中していたことがわかりました。
大学院卒を見ると、上司は「しっかり教育しなければならない」と思いますし、周りの同僚は「アイツは特別扱いされるに違いない」と思うわけです。
大学院卒の当人に実力がなければ論外ですが、逆に実力があれば学歴が有利に働くのは容易に想像できました。
私は再び朝に座っていた席に着きました。
思ったとおり、そこが私の席だったからです。
「ドアのすぐそばのまさに末席だ(笑)」
机の上に置いてある社内システムの電源を入れました。
これは「3次オン」と呼ばれる独自のシステムで、グループ企業の大和総研と大手システム会社が共同で開発したものときいています。
それは私の退職後、更に新しいシステムに入れ替わったそうです。
この社内システムは別の見方をすれば、一般的なパソコンではありません。
キーボードがついていますが、一般的なパソコンのそれとは全く別物でした。
それぞれのキーに記されているのは商品名や業務内容なのです。
ちなみに、この営業フロアにあったパソコンの台数はたったの三台。
支店長が使うものと事務の女の子が使うものと営業マンが共同で使うものだけでした。
大和証券の渋谷支店でこのような有様というのは当時の私としては信じられない現実でした。
私は席を立って、佐野さんのところに向かいました。
「佐野さん、ちょっとご相談したいことがあるのですが・・・」
配属初日で右も左もわからない私でしたが、配属先に着任したら最初に必ずやろうと決めていたことがありました。
「今から、恵比寿ガーデンプレイスタワーに行ってこようと思っています。
研修中に、配属先の周辺で一番高いビルにまず登りなさいと指導されたからです」
丁寧にその理由を説明すると佐野さんはあっさりと了承してくれました。
私は大げさ過ぎるほど頭を下げて、御礼を述べてドアから出て行きました。
★ ★ ★ ★ ★
「やっぱりたくさんビルがあるなぁ」
恵比寿ガーデンプレイスタワーの39階展望フロアの窓から渋谷方面を眺めてみると、見渡す限りさまざまな形や色をした建物で埋め尽くされていました。
「晴れててよかった。
もし雨だったら遠くまで見えないし、こんなに『お客様』がいるんだって思えなかっただろうし」
私は見渡す限りの建物を「お客様」と見立てて、これからの仕事に対する意識を高めていました。
大和証券の新人研修で私は次のような話を聴いていました。
「配属先に行ったら、まず高いところへ登れ。
そして意識を高めよ。
もし落ち込むようなことがあったならば、やはり高いところに登るように」
初めての配属先では誰しも不安に駆られます。
土地勘のない地域に配属されたとなるとなおさらでしょう。
研修では、そのような新人に対して高いところにのぼって意識を高めるようにと指導していたのでした。
その指導は、私が設立したライブレボリューションにも影響を与えています。
その一つとして、毎年開かれている創立記念パーティーが都内の高層ビルの最上階で開かれていることが挙げられます。
これは社内のメンバーの士気や意識を高めることが目的の一つにあるからです。
地上からなるべく離れた高いところで、なるべく値段の高い美味しい料理を食べることを心がけています。
年に一度くらいは贅沢するのもよいことだと思っています。
ここで、この「高いところに登る」という行動のメリットについて何点か述べておきたいと思います。
一つ目のメリットは、単純に高いところに登るとなんだか自分が大きくなったように感じて自信もつき、意識が高まるということです。
二つ目は、土地勘をつけることができるというメリットです。
戦争でもその土地の地形に詳しいほうが有利であるように、ビジネスにおいても土地勘を持つことは有利に働きます。
地形や地域性を無視したビジネス展開よりも、それらを知った上で戦略を練り、実行したほうがうまくいくはずです。
三つ目のメリットとしては、「おお、こんなに自分のお客様になる可能性のある人たちがいるのか」と思えることです。
私自身、恵比寿ガーデンプレイスタワーの最上階から渋谷の街を見渡したとき、目に映る建物がすべて「見込み客」に見えました。
証券営業マンにとっては個人と法人の両方が対象顧客になります。
従って、たくさんの建物すべてが、私のお客様になるのではないかという可能性を感じることができました。
もちろん、それは私の勝手な思いこみに過ぎません。
それでも、最初から「お客様がいるのだろうか」と不安になりながら営業に取り組むよりは遥かによいことだと思いました。
「さてと、次の行動に移ろうか」
ポケットに突っ込んでいた両手を出して、窓ガラスにその両方の手のひらを押し当てました。
そして、顔を窓ガラスに思いっきり近づけて、自分がいるビルの下のほうに目をやりました。
「一番デカイ会社はどこだろう?」
これは研修で教えられたわけではありませんが、もし配属先の近くの高いビルに登ったら、そこから見える中で一番大きな会社に営業に行ってみようと思っていました。
「おお!あんなところにサッポロビールの本社があるじゃないか!!」
目に入った建物の中で、当時の私が知る限り「企業規模」として一番大きな会社は「サッポロビール」でした。
「よーし!」
私は気合を入れて、早速サッポロビールの本社に向かうべく、下りのエレベーターに乗り込みました。
★ ★ ★ ★ ★
恵比寿ガーデンプレイスタワーと同じ敷地内にあるサッポロビールの本社は低層の赤レンガ調のビルです。
そのビルの1階のフロアには、キレイな女性がいる受付とビールに関する展示品などがありました。
私がなぜ「もし配属先の近くの高いビルに登ったら、そこから見える中で一番大きな会社に営業に行ってみよう」と思ったかも述べておきましょう。
1社目に一番大きな会社に「飛び込み営業」をすれば、度胸がつきます。
すると、2社目以降からは怖気づかなくなるのではないかと考えていたのです。
また、最初の目標設定が大事だと思っていました。
レベルを下げるのはいつでも出来ると小さい頃から両親に教えられていました。
ですから、まず出来る限り高い目標を掲げるという意味でもサッポロビールのような大きな会社からあたることにしました。
あと、私の個人的な性格として、なるべく思い出を作りたいという願望が強くありました。
そこで、記念すべき1社目の飛び込み先は、後々まで覚えておくことができるような会社にしたいと考えたのでした。
「涼しい〜」
自動ドアとなっているサッポロビールの本社ビルに足を踏み入れると、砂漠の中のオアシスのような印象を受けました。
「暑い夏にはやっぱりビールでしょう」
単によく効いた空調をサッポロビールのよいブランドイメージに重ね合わせながら受付の周りを観察しました。
「さて、どうやって受付の女性に声をかけようか・・・」
ここで私は大きな問題に直面しました。
実は、それまで営業経験が全くないばかりか、営業研修すら何一つ受けていなかったのです。
私の代の前までは、新人研修において「飛び込み営業」の練習などをしていたそうです。
ところが、私の代ではそれがありませんでした。
ですから、営業のセールストークなど何一つ知りませんでしたし、それどころか大和証券のサービス自体もほとんど知らない状態でした。
従いまして、債券や投資信託に関するパンフレットなども一切カバンの中には入っていなかったわけです。
「困ったぞ。
そういえば、売るものがない・・・。
ま、口座だけでも開設してくれればいいか」
とはいえ、口座開設申込書ですらカバンの中には入っていませんでした。
「とりあえず、お会いして口座開設の同意を得ておけばいいか」
あまりにも軽い発想でしたが、とにかく「飛び込み営業」をするということだけが自分の中で決まっていました。
そして、次に私がやったのは「飛び込み営業」をした場合に想定される会話のやりとりをシミュレーションすることでした。
もっとも、「飛び込み営業」など全く経験したことがありませんでしたから、深いシミュレーションが出来たわけでもありませんでした。
「あの受付の女性を突破しなければならない。
さて、どうやって突破するかな」
それまでナンパをしたことがありませんでしたので、見知らぬ女性に声をかけること自体に緊張しました。
「まずはサッポロビールのことを知らないと失礼かもしれない」
受付の女性に声をかける前に、そばに置いてあったパンフレットを何種類か手にとって、じっくりと目を通しました。
「なるほど、このような会社だったのか」
私はサッポロビールの経営理念を頭に叩き込もうとしました。
それくらい知っていないとお客様にあっても話が出来ないと思ったからです。
「サッポロビールは『お酒は、お客様の楽しく豊かな生活を、より楽しく豊かにできる』と信じています。
開拓使麦酒醸造所設立以来の、モノ造りへの想いや信念を忘れず将来に伝え、あらゆる企業活動を通じて・・・・・なるほどね」
そして最後の一文を読んだとき、思わず笑みがこぼれました。
「・・・お客様と正面から向き合い、真に求められる価値をお届けすることで『サッポロビールを選んでよかった』と言われる企業でありたいと考えます・・・いや〜、最初の飛び込み先に選んでよかったと思いたいな〜(笑)」
これは運命のお客様に違いないと自分に言い聞かせてから受付の女性に声をかけました。
「すみません。
この度、渋谷支店に配属になりました大和証券の新人の増永と申します。
着任のご挨拶をと思いまして、早速御社の社長様にお目にかかりたくこちらに参りました。
現在、社長様はいらっしゃいますでしょうか」
私はそういって、支店の事務の女性から手渡されたばかりの「営業第三課」と書かれた新しい名刺を差し出しました。
「どのようなご用件でしょうか」
受付の女性は少しあっけにとられた顔をしながら、私に質問を投げかけてきました。
「社長様に株式売買のご案内をと思いまして」
すると受付の女性は微笑みながらあっさりと「本日、社長は外出しております」と答えました。
「外出ですか・・・困りましたね・・・」
当時の私の想定問答集には、そのような返答など入っていませんでした。
しかし、ここで引き下がるわけには行きません。
「あ、あのう。
それでは経理部長にお繋ぎしていただけますでしょうか」
今から考えれば、無謀なことばかりしていたと思います。
「では、一度確認しますので少々お待ちください」
受話器をとった受付の女性は内線電話で経理部長に問い合わせてくださいました。
「あいにく、結構だと申しておりますが・・・」
申し訳なさそうな顔で、受付の女性はそう告げました。
「かしこまりました。
それでは、もう一枚名刺を置いてまいりますので社長様と経理部長様にお渡ししていただけますでしょうか。
本日はどうもありがとうございました」
私はしぶしぶサッポロビールの本社ビルを後にしました。
記念すべき一番目のお客様にサッポロビールの社長様がなってくれていたら・・・普通はありえませんね(笑)。
なお、この話には後日談があります。
私がサッポロビールの本社を訪れてから数日後のことです。
大和証券の本社から渋谷支店に内線電話がかかってきました。
「渋谷支店の新人がサッポロビールの経理部長に営業しに行ったみたいだが、あそこは既にお客様だから当たらせるな!」
ごもっともな話です。
しかし、それでも恐怖の「ツメ」はありませんでした。
渋谷支店に配属されたことはつくづく幸運なことだと思いました。
★ ★ ★ ★ ★
渋谷支店勤務の初日が終わりました。
「増永君、せっかくなので二人で飲みに行こうか」
チューターの佐野さんが私を夕食に誘ってくれました。
「ええ、ぜひ喜んで!」
渋谷支店のエースから直接レクチャーを受けられるチャンスです。
佐野さんからのお誘いだけは今後も絶対に断らないと誓いました。
私は、佐野さんに連れられて、ハチ公広場の近くの雑居ビルにある居酒屋に入りました。
「よく、こちらで飲まれるんですか?」
「そうだね、お客様と飲むときによく使っているんだよ。
ところで、初日はどうだった?」
大人の包容力とでも表現すればよいのでしょうか。
佐野さんからはあふれんばかりの自信を感じました。
そして、何を相談しても的確な答えが返ってくるような雰囲気を漂わせていました。
やはり話をしていてヒシヒシと伝わってきたのが頭の回転の速さでした。
私の質問に対して論理的且つスピーディーに答えてくれるのです。
その答えには必ず佐野さん独自の哲学が含まれていました。
その佐野さん独自の哲学から生まれる発想を交えることで、会話の内容により一層の深みが感じられるのでした。
「今日はですね、このビール会社に飛び込んできました(笑)」
そういって、手にしたビールジョッキを高々と掲げました。
「でも、あっさり門前払いされてしまいましたけどね」
私は武勇伝を喜んで語っていました。
それを聴いた佐野さんは笑いながら「君はきっと馬鹿だね」とからかっていました。
「どうして営業を志望したの?」
佐野さんのこの質問に対して私は、「大和証券の社長になりたいんですよ。
そのためには伝説的な営業成績を出さなきゃいけないっていわれたんです」と答えました。
このずっと後に知ったことですが、「伝説的な営業成績を残さなければならない」と私の入社の初日に私に教えてくれた小林武彦さん(現在大和証券SMBC株式会社経営企画部人事課に勤務。
これまで主に研修、採用に携わる。
リクルーター当時、早稲田大学をターゲットとしていたチームのリーダー)とチューターである佐野さんは同期入社でした。
しかもお二人はとても仲がよく、気軽に情報交換をする間柄だったそうです。
私はお二人の関係を含め、渋谷支店に配属されたことをますます不思議な縁だと感じました。
「君が伝説的な営業成績を残すって?無理だろう(笑)」
私は別にその言葉を気にすることはありませんでした。
「僕はね、横浜支店と渋谷支店の勤務を通じて4人の新人のチューターをやってきた。
彼らはめちゃくちゃ優秀だったんだよ。
そんな先輩達を君が超えられるかなぁ」
そんな疑問をもたれても仕方がありません。
大学院卒と大学卒であれば、いずれが「営業」に向いていると思われるでしょうか。
一般的にはやはり大学卒でしょう。
「大丈夫ですよ。
目標は大きく持っておいたほうがいいんです。
とにかく私は伝説を創りますから」
果たして、私は「5人目の優秀な教え子」と呼ばれるようになれたのでしょうか。
いずれにせよ、私は佐野さんの「最後の教え子」として、さまざまなドラマを創っていくことになります。
●毎週金曜日に連載する増永寛之著『起業家物語』のバックナンバーはこちら
|