【増永】 柴田社長がマーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングに参加されるまでのお話を教えてください。
大学は上智大学の英文科に在籍していましたが、勉強はほとんどしていなくて、男性合唱やら演劇に夢中でした。
特に演劇については、自分で劇団をつくり、台本を書いて演出をして・・・これを2ヶ月に1回ぐらいのペースでやってました。
大学4年生の時には、結構本気で「演劇で食っていこう」と考えていました。
大学生の劇団コンテストに参加したことがあります。
今では有名な劇団に決勝で負けたのですが、そこで運よく優秀賞をいただきました。
このおかげで、後日、某ラジオ局から1週間のドラマ枠をいただきました。
このとき1週間でなんと40万円ももらいました。
当時、台本を書くという作業が全然苦にはならなくて、鉛筆を持ったら自然とすらすら書けたものです。
今から25年も前の話ですが、こうして好きなことをやって40万円・・・こんなにおいしい話はないと(笑)。
ですからそちらの道で生きていこうと、本気で思っていました。
そんなときに、ある会社からドラマをつくるクリエーターとして来てほしいというお話をいただきました。
実はそのお話の前に、就職活動をちょっとだけしてました。
親の手前、なにも行動をしないのはまずいだろうと思いまして。
偶然手元に届いた新宿京王プラザホテルのDMを見て、とりあえず受けてみたんです。
本気でそこに入社するつもりはありませんでしたから、面接中もまったく緊張しませんでした。
「ホテルは都会の劇場だ!」なんてことを言っていたんですよ(笑)。
そうしましたら「おおっ」と思われたようで、内定をいただいてしまったんです。
しかも入社式で新入社員の代表として、誓いの言葉を読むという大役まで仰せつかっていました。
が、先ほどのクリエーターとしてのお誘いを受けたので、京王プラザホテルの内定を辞退したわけです。
ところが、行くと決めたその会社から3月31日に内定を取り消されてしまいました。
「社長の気が変わったので、柴田さんをはじめ3人の内定はなくなりました」と、人事担当者に言われたんですよ。
こればかりは自分自身ではどうにもできません。
困った挙句、ふらふら外を歩いていたところ西新宿の高層ビルが目に入り、「京王プラザホテル・・・そういえば内定もらっていたな」と思い出したわけです。
そこで恥を忍んで、採用してもらえないかお願いしてみました。
そうしましたら「今からでもいいから来い」というありがたいお言葉をいただきました。
そういう経緯でなんとか、翌日4月1日には京王プラザホテルに入社できました。